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澤田瞳子 『落花』 ~《平将門の乱》での僧・寛朝の「朝敵調伏祈願」の史実を元に、多くの細かい史実・伝説のパーツを遣って、壮大な物語を組み立てた重厚な作品です。

 まずは、このブログのアクセス数が、5月4日22時前後に、18万を超えたことをご報告し、愛読していただいている皆様にお礼申し上げます。何卒、これからもよろしくお願い申し上げます。

 ところで、千葉にある成田山新勝寺・・歌舞伎・市川宗家「成田屋!」で有名・・は、本作の主人公・寛朝(かんちょう。916-998)が、本作でも主題の一つである、平将門の乱のおり、朱雀天皇(61代)の密命を受け(939)、京・神護寺の不動明王像(空海・作)を奉じて、関東下向しました(940)。

 その霊験あってか、将門の額に、寒の戻りの逆風に乗った矢が命中。乱は鎮圧されました。寛朝が、帰京しようとしますが、不動明王が動こうとせず、成田山新勝寺を開山しました。
 成田山「新勝寺」の《新》は、将門が名乗った《新皇》、に《勝》ったからとか。
・・という史実を土台に、全く新しく物語を構想し、小説化したのが、

澤田瞳子 『落花』(中央公論新社)

です。

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 小説では・・、
 寛朝が、将門調伏のために関東下向したのでは無く、師を探し、梵唄(ぼんばい)修業するために関東下向という筋になっています。
 それでも、一時、将門の「(戦の)至誠の声」にうたれます。
 つまり、寛朝は、梵唄、特に、真言声明(しょうみょう)の第一人者だったところを物語の大筋としたわけです。
 なお、分かりやすく言うと、《声明》とは、仏教儀式の〈法会〉の時に(従って、御詠歌や巡礼歌が除かれます。)、僧侶が、経典に節を付けたように唄う仏教音楽(声楽)です。
 信徒を精神的境地に誘導、教化していこうとするものです。

 余談ですが、近年の僧侶が、宗教的信念も無く、布施を得る渡世の方便に、事務的に、聞く人に何の感銘も与えない、空虚な読経することへの強い批判が仏教界にもあります(参照:『仏教音楽』(音楽之友社)中、片岡義道氏「解題」)。
 因みに、寛朝の真言声明(天台声明もあります。)は、仁和寺を中心に「進流」(一方は「新義派」)として大きく勢力を伸ばしましたが、他の流派もそうですが江戸期に衰退しています(前掲書)。

 著者・澤田瞳子(1977-)は、さすが、同志社大学文学研究科博士課程で、奈良仏教史を学んでいるだけあって、これまで読んだ、「若冲」(本ブログ・2016/5/9)、「火定」(本ブログ・2018/7/26)、「龍華記」(本ブログ・2018/10/25)と、いずれも重厚な作品が続いています。

(以下、下記の「続きを読む」をワン・クリックしてお読みください。)

 さて、本作を概観してみましょう・・、

 まずは、主人公・寛朝は、6年前に没した寛平天皇(59代・宇多天皇)の孫ですが、朝堂一の管弦者でもある父・敦実(あつみ)親王(一品式部卿)からは、長男でありながら疎んじられ、11歳で、寛平法皇開基の仁和寺に出されて、梵唄僧として暮らしています。
 疎んじられる理由は、寛朝が、双子の女児と共に生まれ、しかも、その女児が死産だったので、誇り高い父に嫌われたようです。

 寛朝が、22歳の時に、梵唄(声明・・悟りに近づく一手段の経典の読誦法(どくじゅほう))の「至誠の声」を持つと言われる、なぜか、前国司死後、急に、関東に去った楽人・豊原是緒(これお)に、梵唄の教えを請うため関東・常陸の国に行きます。

 「至誠の声」とは、「聞く者を感ぜしめ、鬼神をも動かす名声」といわれます。
 寛朝に従うのは、下人ながら、琵琶を学ぶ、5歳上の千歳です。実は、千歳には、豊原是緒が持つ天下十逸物である名器の琵琶、「有明」(「無明」)を手に入れ、それで奏して、名声を得たいという隠れた野望があります。

 しかし、関東、つまり坂東の地は、戦乱の最中にありました。
また、凶党や、船で動く傀儡女(くぐつめ)の一団もあなどれません。

 前者の戦乱は、〈猿島の暴れ馬〉と言われる、上総(かずさ)の平将門と従兄・平貞盛の数年来の争いです。
 そこに、武蔵国国衙・興世王(おきよおう)、下野(しもつけ)少掾・藤原秀郷、常陸少掾・藤原玄茂(はるもち)やその兄・玄明(はるあき)と国司・藤原維幾(かれちか)との私怨の争いがあります。

 後者の凶党は、真敷(ましき)が本拠地の異羽丸(いばまる)。因みに、配下の百舌(もず)は、最後、将門の童女・うそを密かに救います。

 坂東の香取の内海を、船で移動している遊女たちの船が、傀儡女(くぐつめ)船
その船の盲目の女・あこやは、豊原是緒に可愛がられて、琵琶を習い、また、名器「有明」を「無明」と名を変えて所持しています。
 あこやの姉のような如意は、「平将門の妹で、幼時に捨られた」と、傀儡女の頭目・榊ノ御(さかきのご)吹き込まれて、将門を恨んでいます。

 豊原是緒は、心慶と名を変え、寛朝に心を開きません。
やがて、寛朝は、戦場で聴いた平将門の声に「至誠の声」を感じます。それは、京で聞く、詩歌の風趣を想起させる声とは別のものでした。

 「哀傷愁嘆」の「亡国の声」・・。それは、
調子外れの「人法不和(じんぽうふわ)の声」、
病気の赤子の如く細々弱々しい「短命病患(たんみょうびょうかん)の声」、
絶叫に似た喧怒の「天魔障碍の声」
と共に4種の悪声と言われ、梵唄僧の忌むべきものとされます。

 梵唄の根幹は、宮、商、角、徵(ち)、羽(う)の五音(ごいん)からなります。
宮音は君主の音、商音は臣下の音、角音は民の音、徵音は事の音、羽音は物の音。
「亡国の声」は、商音によって奏でられる平調秋季の音で、天下百姓の苦しむ兵乱の際に流行すると定義されています。

 やがて、平将門の本格的な〈謀反〉が始まります。それは、寛朝が恐れたように、包容力のありすぎる将門が周囲に引きずられて戦に深入りしていったように感じられます。

 戦は、坂東一帯、つまり、常陸国衙→下野→上野→武蔵国→安房・上総・下総・相模と版図を広げます。

 都では、西国で起きた、伊予前掾・藤原純友の乱への対応を優先して、坂東に追討隊が送られませんが、平貞盛、藤原秀郷、平吉良兼の子・公雅、公連、相模の橘遠保を中心に部隊が編成されます。
 農作業時期で、将門の兵も地元に帰りだして、兵も少なくなって来ました。そこに、ついに、戦闘が開始されました。

 最後は、額に矢を受けた将門も、心慶も、あこやも、如意も、全てが、死に途絶え、「無明」を奪おうとあこやと如意を殺めた千歳も目を潰され廃人同様となたなか、寛朝は、「至誠の声」を求める愚かさを悟り、己の心を在るがままに受け止めることこそが楽を極めることを悟るに至ります。

 「落花」とは・・、
白居易(白楽天:772-846)の七言律詩・・、
「朝には地面に散った花を踏んで共に出かけ、夕べには、ねぐらに戻る鳥と共に揃って帰る」
という、旧友・李二と過ごし、互いに遊び、互いの愁いを慰めあった春日の様を、散る花に重ねて謳っています。
 本書を読みつつ、主人公は、誰と歩むのか、ずっと、考えてしまいます。

 余談ながら、作中では、「落花」を、死んだときの表現として数か所遣われてもいて、その遣われ方に戸惑ってしまいます。

 先に述べたように、大きな史実を土台に、小さな事実を拾って組み合わせて、個性ある登場人物を配して、壮大な物語を創った著者の手腕は見事と言うほかありません。

 読んで行くと、当初は、梵唄の物語と思いきや、平将門に至誠の声に流れたかと思うと、戦闘場面、それも、坂東の戦乱がマクロ、ミクロに緻密に描かれて実に面白く、迫力があります。
 ・・しかし、さて、一体、何を得られたかと言えば、少し肩すかしの感もあり、一番訴えたいものがやや希薄な感じを持ちました。

 この後、梓澤要「方丈の孤月 ー鴨長明伝ー」(新潮社)、を読む予定です。梓澤著も、結構、学術的な面もあって、読むのがタイヘンなところです。★
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Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 芸術団体を「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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