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難波祐子『現代美術キュレーターという仕事』 ~細かいことが気になって読みました。キュレーターの理解から、現代美術へ接近する道も見えました。

 私事ですが・・、朝、風呂に入って聞こえる、庭の虫の鳴き声が好きです。

 特別養護老人ホームの施設長でいた頃、毎年、暑い夏を乗り越えた途端に亡くなる入所者の方が多かったのを思い出します。夏を乗り越えるのは、高齢者にとって大変なことなのでしょう。
 私は、今年、億劫になって、例年の、北海道への避暑はやめました。家のクーラーの効いた書斎での読書も格別で、この分では、来年も、こうなりそうです。
 寝室も、輻射熱がたまって、夜もクーラーが効きづらい南側2階寝室から夫婦で移動して、1階北側和室を使っています。
洋室と違って、洒落た小窓などが無いので、雨戸を閉めると、日が高くなっても真っ暗で、いつも8時位まで熟睡してしまいます。
 と、言うことで、今年の夏は、かえって楽でした。

 さて、原田マハさんの小説に頻出する、《キュレーター》を、私は、《キュレーター(学芸員)》と記述しています。
 しかし、この際、きちんと知っておこうとこの書籍を読みました。

難波祐子『現代美術キュレーターという仕事』(青弓社)

です。

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 まず、《学芸員》です。
 博物館法第4条に、「博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」とあります。

 資格を得るには、大学・短大での所定の単位履修か、文部科学省の資格認定試験が必要です。
 《博物館》の定義は、動物園、水族館、植物園なども含んでいて、幅広いのですが、今回、始めて知ったのですが、国立や独立行政法人は除かれていて(「博物館相当施設」と言われます。)、これらの施設では、一般に、「研究員」「研究者」と呼ばれます。当然に、就職には学芸員資格の有無は問われていません。
 例が適切かどうか別として、理論上は、福祉事務所のケースワーカーにやや似ています。福祉職・大学での単位取得者等などではなくても、異動でどんどん配置され、簡単な事後研修で済んでしまいます。
 ま、学芸員は、ポストが少ないこともあって、そんなことはありえませんが。
 つまり、美術館の学芸員は、地方自治体、財団法人、私設館に適用されているのです。

 では、《キュレーター(Curator)》。
 学芸員の英訳には、これを使いますが、内容は違います。
 本書の定義は、欧米の例から、「展覧会企画を行う人、そして展覧会を通して何らかの新しい提案、ものの見方、価値観を創り出していく人」(p14)とされます。
 実際は、相当な学識が必要ですが、極端な話、資格は必要ありませんので、名乗ろうと思えば自由です。

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永井路子『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』 ~《独考(ひとりかんがえ)》の〈天地の拍子〉論など、忖度ない主張に共感してしまいます。江戸の女流文学者の生涯を丁寧に描き、その思想が出てくる道筋を辿ることができました。

 始めに余談になりますが、最近、富田林警察から逃亡した未決囚の話が新聞紙上を賑わせています。
 その「富田林(とんだばやし)」は、素敵な寺内町がありますが、もう一つ思い出したのは、新詩社の社友・明星派の歌人、石上露子(いそのかみ つゆこ・1882-1959)です。

 初恋の人への絶唱である《小板橋》や、与謝野晶子以前に反戦歌を詠んだりしています。
 私の書棚に、
大谷渡編『石上露子全集』(前一巻・東方出版)があります。数年前、神田の古書店で、¥8,000を、¥2,799で買い求めたものです。

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 忘れていた同書を、再読、精読しようと、机上に備え置きました。
 と、言うのも、この石上露子も社会制度の矛盾に苦しめられ、また、歌に詠んでいますが、今日、取り上げる主人公もやや似た境遇だからです。
 読んだのは、

永井路子『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』(文春文庫)

です。

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 この本は、昨年、小室千鶴子「真葛と馬琴」(郁朋社)を読んだときに、買ったものです。(2017年10月21ブログをご参照ください。)

 買ったときは、345-353頁の、工藤あや子(真葛(まくず)・1763-1825)と、滝沢馬琴との、真葛からの「独考(ひとりかんがえ)」の原稿添削、出版依頼、喧嘩別れをめぐるやり取りが、どのように書かれているかを読んだのですが、今回、全部精読したわけです。
 永井路子(1925-)がペンを置かれる前の最後の作品とも言われます。

 真葛は、江戸時代の女流文学者、国文学者です。
 書物の〈帯〉には、〈江戸時代の清少納言〉と書かれていますが、私は、むしろ、文学素養の上に、約10年間の奥女中奉公、名家との付き合い、2度の結婚、実家没落などの実体験から導かれた主張、それも、まるで、碌々首(ろくろくくび)を突き出して周囲を見回すように、しかも、何の忖度もなく、四角四面を笑い飛ばすように書いた、いわば、〈在野評論家〉の著作のようだと思います。

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朝井まかて『悪玉伝』 ~実話の《悪玉》である吉兵衛は、本当に、《悪玉》か ? 筋の面白さ、人物描写、会話の巧さは、随一です。法廷サスペンス、ミステリー要素も入った大仕掛けエンタメ時代小説の傑作です。

 夜、洗面所に行くと、小窓から、秋の虫の鳴き声が沢山聞こえます。

 朝井まかて(1959-)が、「朝日新聞」夕刊(金曜日)に連載中の「グッドバイ」は、長崎の菜種油を商う主人公・お希以と手代の会話のやり取りが本当に面白いですが、その流れで、この7月新刊の本書も、実に、人物描写が巧い。
 このところファンになっている朝井まかてさんの7月新刊、

 朝井まかて『悪玉伝』(角川書店)

を読みました。
 表紙は、初冬と春の二季咲きの「寒牡丹」。物語に何度も出てきます。

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 面白かった、ホントに面白かった。最後など、読み終えたくて深夜になってしまいました。

 《悪玉伝》とありますが、単純に《悪玉》とは言い切れません、というメッセージを含んだ題名でしょう。
 物語は、大坂の事件、しかも、通常ならば当事者同士の話し合いで解決すべき問題でありながら、大坂のみならず、江戸の大岡越前守忠相(ただすけ)までが裁く騒動にまでなった実際の「辰巳屋一件」(舞台化は、「女舞剣紅楓」〈おんなまいつるぎのもみじ〉。辰巳屋を守った唐金屋の忠義の物語)を元にして、大きなスケールで書かれています。

 辰巳屋の相続騒動は、江戸の役人側から見ると、《悪玉》とされる吉兵衛(きちべえ)ですが、時代の様相、江戸と上方の違い、役人の人脈と忖度(そんたく)を要素にして捕らえ直すと本書の結論になるのは、合理的でしょう。

 本書の筋は後述しますが、凝った筋と構成で、しかも、会話が巧く、小気味よい。
 例えば、大岡越前守忠相の53年間連れ添った妻・松江は・・、
「若い頃は笑窪(えくぼ)が可愛らしく、瞳が大きかったが、笑窪は消え、目は小さくなって、皺(しわ)と小言が大きくなった」、
 吉兵衛の若い妻・瑠璃(16歳)も個性満点で、その掛け合いも面白い、

 また、随所に出てくる小文・・、
「人間、齢を重ねたら、じいさんもばあさんも、区別がつかなくなる」、
「頭も心も雑な奴や」、「眉を額の真ん中までつり上げる」仕草、「古漬けのナスのような顔色」、さらには、
大岡越前守忠相が、唐金屋与兵衛の泉州訛り「かだら」が、妻の前で、つい出てしまったり、
 忠相の〈痔〉の描写、
・・と、もう、ニヤリ、とする会話の妙や、ブラック・ユーモアに満ちています。
 まさに、朝井まかて、油の乗りきった傑作作品と言えるでしょう。

 さて、大まかな「筋」は・・、

 1739(元文4)年1月・・、

 大坂堀江町で、薪(まき)問屋を営む、豪商・辰巳屋の主人である久佐衛門(くざえもん)が50歳前で急逝しました。店は、番頭5人、手代460人を抱える大店です。

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梶よう子『赤い風』 ~〈循環式農業〉での新田開発を、農民、武士双方の誇りと生き様、その心情から克明に描き、荻生徂徠の含蓄ある台詞や、さらには、登場人物の〈行く末〉を水も漏らさず描く克明さに好感度満点です。

 湿度は高いものの、やや暑さが和らいだので、映画『ミッションインポッシブル』(監督・クリストファー・マッカリー)を観て、帰りに、書店で見つけた本です。すぐ、新刊とわかりました。
 なお、映画は、私の評価 ★★★★☆ 、で面白かった。余談ながら、エンディング画面の、スタッフの数のあまりり膨大なのに驚嘆しました。画面一杯の名前が延々と続くのです。
 本題に戻ります。本は・・、

梶よう子 『赤い風』(文藝春秋)

 梶よう子(1961-)作品では、歌川豊国を書いた「ヨイ豊」を読んでいます。

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 本作の題名、《赤い風》とは、江戸から約10里離れた武蔵川越藩の、その川越城からさらに約3里離れている「立野(たての)」の地に吹く、陽の光さえ遮るほど、あたりが赤く染まる如くに、舞上がる土の風を言います。
 川越藩は、酒井家、掘田家、大河内松平家の重臣が歴代治める藩です。

 この風が強く吹き、やせて、水の乏しい、しかも40年来、周辺13か村で「入会い争い」の絶えない、秣場(まぐさば。入会地)・立野(たての)の地を、松平伊豆守信輝に代わって、新しい川越藩主となった柳沢出羽守保明(やすあきら。のち吉保〈よしやす〉)が、新畑(しんはた)として、開拓しようとします。

 土地は、江戸城内郭の百倍の広さですが、開拓期間を、2年と保明は定めます。
 保明は、5代将軍綱吉が館林藩守であった頃からの腹心で、今は、側用人となっています。

 その計画する、新畑が異色です。
 1戸分5町歩(5ha)で、40間(72m)×370間(675m)の、長細い〈短冊(たんざく)型〉で、中に作るを挟んで、一方の端は、母屋で、周囲は、ケヤキ、竹、杉、檜(ひのき)、樫(かし)で囲います。
 反対側の端は、樹林で、クヌギ、コナラ、エゴなど、落葉樹の葉クズが堆肥(たいひ。ツクテ)になる木や、赤松など薪(たきぎ)に出来る木を植えます。
 飢饉の時の自給自足となる、救荒作物のことも考慮しています。これは、中国・宋時代のアイデアです。

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 一戸で、農地と、それに必要なツクテ(堆肥)を、入会地が無くとも完結するわけです。

 開拓地は、「三冨(さんとめ)新田」と名付けられます。
 上冨(かみとめ。83戸)、中富(なかとめ。40戸)、下富(しもとめ49戸)と、3区分され、それぞれ名主が任命されました。
 因みに、現在、上冨は、埼玉県入間郡三芳町で、中富、下富は所沢市となっています。

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ピカソ《ゲルニカ》その2 ~原田マハ『暗幕のゲルニカ』。迫り来るスペイン内乱・世界大戦と、期限が迫る《ゲルニカ》美術展を交差させ、ピカソと《ゲルニカ》への熱い想いに満ち、まるで、作者の〈夢〉を作品で実現させたような物語です。

承前。パブロ・ピカソ(1881-1973)の、《ゲルニカ
(19387。油彩。縦・3.5m×横・7.8m)と
そのタピストリー(第2ヴァージョン)を題材にした、

原田マハ 『暗幕のゲルニカ』(新潮社)

を読みました。2016年作品です。

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 キュレーター(学芸員)の資格を持つ、作者・原田マハが、主人公・八神瑤子に感情移入し、人物になり切ったように、芸術を語り、衣類、食べ物やワインも語り、展覧会の企画実現の為に、大奮闘する人物を、渾身の筆で書いているような印象です。

 今回、特に、感動したところは・・、

 一つには、後述するように、この時代、16~20歳のパルド・イグナシオや、27歳のアルフレッド・バーMoMA館長、と言った若い人が活躍することです。
 それに、本小説では、八神が、10歳で《ゲルニカ》にうたれたことや、ルース・ロックフェラーが11歳で《ゲルニカ》に邂逅して感動した、やはり若い時代のエピソードです。
 きっと、著者も、若い時代の感動的な芸術邂逅経験を持っているのでしょう。

 もう一つ。本書はまた、《ゲルニカ》の創作過程を写真で記録した、ピカソの4番目(結婚したオルガを除く。)だったかの愛人である、写真家・ドラ・マール(あの「泣く女」(1937)のモデル)の心情と、彼女から見たピカソ像が稠密に描かれているところです。
 ドラ・マールは、最後、ピカソとの悲しい別れが示唆されて、余韻があります。晩年は、不幸だったようですが、それを暗示しています。
 余談ながら、ロダンの愛人、カミーユ・クローデルを想います。

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 本作品では、著者の「楽園のカンヴァス」(2012)で使った、過去・現在が交差する手法が使われ、また、同書や「モダン」(2015)でも登場する、MoMA(ニューヨーク近代美術館)のメンバー、ティム・ブラウンやトム・ブラウン、それに、アルフレッド・バーも登場します。

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ピカソ《ゲルニカ》その1 ~「群馬県立近代美術館」で、《ゲルニカ》タピストリーを前に、ほぼ一人で、30分以上鑑賞していました。

 猛暑の中、朝、朝7時に家を出て、新幹線を使わないで、上野・東京ラインで、約2時間(バス約30分を含みます。)かけて、広大な《群馬の森》の中にある「群馬県立近代美術館」(1974年立)に行きました。

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 美術館の「写真」手前の馬の彫刻は、エミール=アントワーヌ・ブルーデル(1861-1929)の「巨(おお)きな馬」(1917)です。建物設計は、磯崎新、立派な美術館です。

 8月26日まで公開されている、同館所蔵の
《ゲルニカ》タピストリー(英語。仏語では、タピスリー。いわゆる、〈つづれ織り〉。)、(3.28m×6.80m)を観ました。

 世界に3枚あるうちの1枚で、ピカソの指示で、1983年に製作された第3ヴァージョンです。1996年に、群馬県立近代美術館に収蔵されました。
 
 因みに、第1ヴァージョンは、1955年に製作され、南仏・グミマルディ美術館にあり、
第2ヴァージョンは、1976年に製作され、ネルソン・ロックフェラー(1908-1979)が入手し、国連本部に寄託されています。
(参考:Webでは、Guermica.UN.Powellで、写真が見られます。検索してしてみてください。)
 第2ヴァージョンを下敷きにした話は、

原田マハ『暗幕のゲルニカ』

に描かれていますので、「次回」お話しします。

さて、《ゲルニカ》タピストリー。

 《ゲルニカ》とは、スペインで独自性を主張している、北端のバスク地方(エウスカディ)の小都市の名です。

 1937年、成立して6年余の共和国政府に、軍のフランコが反政府の狼煙(のろし)を挙げ、それを支援した、ナチスドイツ軍が、共和国側の戦意を挫く目的で、猛烈な無差別爆撃を加え、町の70%以上が消失し、人口7千人中2千人以上が死したことへの、ピカソの抗議の作品です。

 ・・死んだ子どもを抱いて泣き叫ぶ母親、横たわり絶命する兵士、振り返る牡牛、もがき苦しむ馬、駆け出す女、窓から身を乗り出してランプをかざす女、天を仰ぐ女、アーモンド型の目か太陽か・・。
 ピカソが、スペインフランコ軍によるナチス・ドイツの、バスク地方の小都市ゲルニカへの無差別攻撃を強く批判した作品ですが、それは、単に、ゲルニカ爆撃批判だけでは無くて、戦争そのもの、憎しみの再生産をも批判してる、と言われています。

 このタペストリーは、油彩《ゲルニカ》(1937)に基づいて、ピカソの指示で、南仏・カヴァレールに工房のある、ジャクリーヌ・ド・ラ・ボーム=デュルバック(1920-1990)が織ったものです。
 デュルバックは、20年間にピカソの27作をタピストリー化しました。日本の版画作品の様なものと言えるでしょう。

 あらかじめ、

ラッセル・マーティン「ピカソの戦争­《ゲルニカ》の真実」(白水社)
大泉光一「バスク民族の抵抗」(新潮選書)

を読んで行きました。
 前者は、原田マハ作品にほぼラップして、「事実部分」が書かれています。

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 この日・・、
 私は、巨大な作品を前に、30分は居たでしょうか。
 前に長いすがあり、立ったり座ったり、近ずいたり、さがったり。
 幸い、他の観覧者は、ほとんど来ません。数名来ても、通り過ぎていきます。
 ゆっくりと〈独占〉したように、鑑賞できました。やはり、書物で観る小さな写真と違って、実物の大きさで観ると、手のひらや馬、牛などにある、同じ小さな記号のようなものといった、細かいところにも目が行きます。
 右端に描かれた、ドア、入り口もよく観察できます。

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木下昌輝『絵金、闇を塗る』 ~〈絵金〉の生涯を丁寧に辿ることができました。約50年前に観た映画を覚えていて、この際、その原作、榎本滋民『血みどろ絵金』も読みました。

 異端、血みどろの絵師、〈絵金〉(えきん)は、47年前に観た映画「闇の中の魑魅魍魎」(監督・中平康、脚本・新藤兼人、主演・麿赤児)で知りました。24歳の時です。
 「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」という言葉を知ったのも、この時でした。

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 今回、その絵金、絵師金蔵の小説が出た(7月10日)ので、早速、買いました。

木下昌輝 『絵金、闇を塗る』(集英社)

 物語は、6編の連作集の形で、絵金12歳から晩年までが語られます。

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 絵師の金藏こと、絵金、本名・木下金藏、
林洞意美高〈はやし とういよしたか〉、晩年・友竹広瀬〈ゆうちくひろせ〉)は、
髪結いの子として生まれ、
南画派の土佐の豪商・仁尾順蔵(にお じゅんぞう。号は、鱗江〈りんこう〉)の支援を得て、駿河台狩野派の前村洞和の元で、頭角を表します。
 狩野派は、奥絵師四家、表絵師十五家、諸藩御用絵師、町絵師からなるヒエラルヒーがありますが、前村洞和は、諸藩御用絵師です。
 因みに、前村洞和の所には、やや傾向が似ている、画鬼「河鍋暁斎」が1年半ほどいました。

 狩野派の絵は、瀟洒端麗(しょうしゃたんれい)の詩情を重視し、兎も角、絵を永遠に残し、広めることに重きを置いて、徳川400年を生き抜いてきた絵です。

 狩野派は、そのために、粉本の「模写(「臨模」と言います)を持って、模写に終わる」ほど、何十年も修行が課され、独創や創意は許されません。
 粉本の「蘆雁図」ひとつとっても、その肥痩(ひそう)、つまり、一本の線の太さの変化で詩情を出します。
 原則として、勝手な、風俗の地取(じどり)、つまり写生などは許されません。
 因みに、その筆法から逸脱した、英一蝶、久隅守景(くすみもりかげ)などは、破門されています。
 ところが、絵金は、20歳で狩野派免許皆伝となり、狩野洞春美信から字を頂いて故郷土佐に帰り、さらに10年後には、土佐藩家老・桐間(きりま)蔵人清卓のお抱え絵師となります。

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小崎哲哉『現代アートとは何か』 ~現代アートの問題領域をほとんど網羅した労作です。現代アート〈業界〉のゴシップと、現代アートに向き合う〈理論〉を詳述して、現代アートへの〈取っつきにくさ〉を解消できます。

 たまには、物語の世界から、現(うつつ)に戻った読書をしました。
 以前、現代アートについて書かれた、原田マハ×高橋瑞木の、『すべてのドアは入口である』(祥伝社)を読んでいて、多少、現代アートの《固有名詞》が頭に入っていたので、本書も抵抗なく読み進められました。
 しかし、本書は、現代アートの問題領域をほとんど網羅した労作です。 

小崎哲哉 『現代アートとは何か』(河出書房新社)

ウエブマガジン「ニューズウイーク 日本語版」に連載されたものです。読み易いが、内容が濃いので、読了に、やや根気が必要です。
 余談ですが、webなどの、この本の批評などの中には、「全部読んだの ?」と思ってしまうものもあります。

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 現代アート(もう、美しいもの、「美術」、とは言えません。アートと言います。)は、どうも取っつきにくい。

 それは、本書前半で述べられるような・・、
・アートワールド(芸術理論の状況やアート史の知識)やその〈業界〉の現状の情報がないこと、
・現代アートに関する報道、批評などが貧困である(したがって、現代アート鑑賞の世界標準である、「作品が美術史的にどの文脈に位置づけられるか」を知ることが出来ない)こと、
・そして、何よりも、現代アートとの〈対話〉の仕方が分からない、こと、
に大きな原因がありそうです。

 本書は、その3つを、細かく述べた、格好の現代アート入門書であり、評論集でもあります。

 まずは、ヴェネツア・ビエンナーレの《紅白歌合戦性》から入って、現代のアート・マーケットのスーパー・コレクター、フランスの大富豪、フランソワ・ピノーについて語られます。
 グッチ、サンローラン、プーマ、ボッテガ、ヴェネタ・・などファッション・コングロマリットの所有者です。
驚くべきは、オークションハウス(競売会社)のクリスティーズや2つの美術館も持っています。

 次は、これもフランスの大富豪、ベルナール・アルノー。ルイヴィトン、ディオール、セリーヌ、ジバンシー、フェンディ、ケンゾー・・、さらには、洋酒のヘネシー、ドン・ペリニヨン・・、それにルイヴィトン財団の美術館も所有したいます。

 さらには、カタール王女、マヤッサ。アル・ジャジーラを開局したり、ルーブルやグッゲンハイム美術館分館のほか、さらに、世界屈指のミュージアムを建設したり、200億円でセザンヌを買ったり、360億円でゴーギャンを買ったりしています。

 大富豪ギャラリスト(ギャラリー所有者でディーラー〈販売者〉も兼ねる)の、「帝王」ラリー・ガゴシアンは、世界に15のギャラリーを所有しています。

 ・・このような、スーパー・コレクターのアート世界席巻の現実を、〈ゴシップ〉的に詳述して、まずは、読者を、現代アートの世界に導き ? ます。

 これでは、一般コレクターは、多くのスーパー・コレクターに太刀打ちできません。
 太刀打ちできないのは、多くの一般の美術館でもそうです。ただ、これは、後半に述べられますが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、テートギャラリー、ポンピドー美術館など名のあるところでは、《紅白歌合戦的効果》があるので、30%ディスカウントで買えるのだとか。

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梓澤要『遊部(あそべ)』上、下 ~今夏、最高の読書だった、と言って良いでしょう。内容の濃い、稠密な、読み応え満点の歴史大作です。

 上・下、730頁の大作です。
 このところ読んだ、「平城京」、「火定」、「白村江」、「蘇我の娘の古事記」などの知識も基礎知識として役立ちました。
 本書は、一つの事象が出ると、まるで、〈そもそも・・〉と語られる如く、これ一冊で、古代、中世の歴史・伝承のポイントが身に付く思いです。
 読んだのは、

梓澤要『遊部(あそべ)』上、下 (講談社)

です。

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 私は、この著者・梓澤要(1953-)の、
「荒法師運慶」(2016)を昨年7月に、「画狂其一」(2017)を今年2月に、「万葉恋づくし」(2017)を今年3月に・・と、随分読んでいます。作者は、女性で(本名・永田道子)、2017年大河ドラマ「井伊直虎」も書いています。

 著者は、1993年に小説デビューしていますから、2000年の本作品は、比較的〈初期〉の作品で、それだけに、力が入り、調べ尽くしたことから広大な発想をしていて、その後、2007年から大学院で仏教学を学び、現在に繋がっているようです。

 本書を読もう、読もうと思って先送りしていましたが、たまさか、地域の「古書市」で、読まれた形跡のない美本が、500円/2冊(本来は、1,900円/1冊)で出ていましたので、大部ながら、思い切って読み始めたのですが、〈当たり〉でした。

 さて、《遊部》(あそべ)とは、天照大神(あまてらすおおみかみ)の魂を蘇らせた天宇受売命(あめのうずめのみこと)、または、大君が崩じたときに儀式を司っていた伊賀比自支和気(ひじきのわけ)が祖で、大君の御霊を安んじる役目と、東大寺正倉院の警護・清掃を司るのが役目の奴婢一族で、東大寺北東の隠れ村・寺ヶ谷(てらがやつ)に、隠れ住んでいます。

 つまり、元々は、天皇の殯(もがり)の儀式を司る人々でしたが、仏教伝来以後、死が穢れ、とされるに及んで、役割が抑圧・差別され、正倉院の警護・清掃の奴婢を表の顔として生き残ってきました。

 本書では、永禄10(1567)年の三好・松永の戦での東大寺・大仏炎上から、織田、豊臣政権の約10年間の期間、その中で、特に、織田信長によって正倉院から切り取り持ち出された「蘭奢待(らんじゃたい。黄熟香とも言い、一種の香木)」を取り戻そうとする、7人の遊部の男たちの物語です。
 取り戻さなければ、盗品を見た者が、同じことを考えるかもしれないので、表に出る前に取り戻すことは、絶対必須なのです。

 因みに、「蘭奢待」の字には、「」に「東」、「」に「大」、「」に「寺」と、「東大寺」の字が隠されています。

 7人は、さらに、単に、蘭奢待を取り戻すだけでは無くて、二度と、盗むようなことが起こらないように、全国を巡って、「正倉院御物を盗むと仏罰が7代祟る」、と言いふらし、世論操作すこともしました(下、130頁以降)。

 この全国を巡る口実に、「稚児踊り」を隠れ蓑にしました。
 全国を回っている設定に加わっているのが、阿国(おくに)、阿菊の遊部の女たち(いわゆる《出雲の阿国》)です。
 当時、出身を聞かれても、出雲や、伊勢や、その地はいい加減なものでした。
 ところで、阿国は、だんだんと踊りで名を成して行き、一方、阿菊は、遊部のシキョウ【後述】を継いで、御依代になります。

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宮部みゆき『泣き童子(わらし) 三島屋変調百物語事参之続』 ~3冊目は、重い話が多い。その中で、出稼ぎに行く村の子を案じて、江戸に出て来た、〈おぼこさん〉の物語が美しい。

 暑い。思い切って、東京駅大丸で、《男の日傘》を買いました(日本製・1万円)。帽子は、ストロー素材でも、結構、被っていると頭が暑いので、日傘にしたわけです。好調。男性にお勧めします。

 さて、全五巻の三巻目となります。

宮部みゆき 『泣き童子(わらし) 三島屋変調百物語事参之続』(角川書店)

表紙の題字は、京極夏彦。
 本巻は、全体的に、重い、ダークな、切ない話が大半です。

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 第一話、「魂取(たまとり)の池」。三島屋の《炬燵(こたつ)開き》の描写の後は
・・因みに、炬燵に入ることを、《炬燵にささる》と、膝の裏のことを《ひかがみ》と言うんですね・・、
地主・岡崎一宇衛門の用人の一人娘、文(もん)の母を通じて知った祖母の経験した、嫉妬深い池の話。半分は、祝言を前にした、娘の惚気(のろけ)話と、母からの仕付け話のようなものです。

 第二話、「くりから御殿」。《くりから》とは、山津波で死んだ幼友達が、《からくり》屋敷を《くりから》と言い間違った追憶の一つ。切ない物語です。
 大雨で山が崩れることを《山津波》と表現しているのは、端的な表現です。
 亡くなった友人のもとに早く行きたい、という、白粉(しろい)問屋を隠居した元主人・大阪屋長治郎と、それを知った女房・お陸の心持ちが感度を誘います。

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安部龍太郎『平城京』 ~親唐派と百済再興派の政争と、裏での血みどろの戦いを描き、巻を置く能わずの面白さです。

 2010年(平成22年)4月に、東京から、大阪・国立文楽劇場に行きました。因みに、この年から、3年間は、何度も、大阪の文楽劇場に通っています。
 4月に、ちょうど、一日かけての「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」の〈通し〉を観る為でした。
 その帰途、奈良に寄りました。
 「平城遷都1300年祭」が開催中だったからです。きょうの書物を読むにあたっては、その時の資料や地図が役に立ちました。

安部龍太郎 『平城京』(角川書店)

です。

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 この書の理解には、もう一冊、先日、ご紹介した、荒山徹 『白村江』(PHP・2017/1/12刊行)も、すこぶる役に立ちました。

 藤原京から、平城京への移転(710年)は、日本の対唐政策が大きく影響しています。
 天智天皇の時代、白村江の戦い(663年)で、唐・新羅軍に敗れた百済と日本は、同天皇のもとで、日本の防備を固め、多数の百済亡命人を受け入れ、近江に都を移転(667年)する中で、百済再興も約束します。

 しかし、壬申の乱(672年)で、大海人皇子が勝利し、飛鳥浄御原宮で、天武天皇として即位します(673年)。天武天皇は、唐との国交を重視し、模索しました。

 その6代・天武天皇没(686年)後、皇后の持統天皇(7代・女帝)が即位し、藤原宮に遷都しました(694年)。
 さらに、持統天皇の後、文武天皇(8代)は、15歳で亡くなり、本書の元明天皇(9代・女帝)となり、この物語が始まる訳です。

 この間、天智天皇派と天武天皇派、つまり、百済再興派と対唐接近派が底流で争っています。

 対唐接近派(旧天武天皇派)は、唐の冊封国(さくほうこく。同盟的な属国)となるため、統一国家としての都を、唐にならって、奈良に、2年で、作ろうとします。その先頭に立つのが、藤原不比等、粟田真人(あわたのまひと)です。

 それに、藤原京は、飛鳥京の〈新益京(あらましのみやこ)〉という、〈中原〉に出るのがひかえめな、中途半端な都でした。

 その事業に協力するのが、もと遣唐使船の長であった、本書の主人公・阿倍船人(ふなひと)で、建設の責任者である、兄の阿倍宿奈麻呂(すくなまろ)の手足となって活躍します。
 船人と宿奈麻呂の父は、白村江で指揮をとって破れた、阿倍比羅夫です。
 船人は、危険な殺気を感じると、コメカミが、チリチリと焼けるように痛みます。

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澤田瞳子『火定』 ~〈パンデミック〉の恐怖。寧楽(なら)の都に広まる裳瘡(もがさ・天然痘)を背景に、人の〈生き方〉を問うサスペンス風大作です。悲田院の孤児たちの最期が悲しい。

 余談ですが、宮部みゆき『三島屋変調百物語事続 あんじゅう』で、新しいレギュラーになる脇役、お勝は、《祟りよけの縁起物》として登場します。《祟りよけの縁起物》とされるのは、業病を乗り越えたからです。お勝は、疱瘡で痘痕(あばた)が残っている容貌ですが、頭脳明晰な苦労人です。

 今回の書物は、

澤田瞳子 『火定(かじょう)』(PHP)

で、その業病、疫神(えきじん)の権化とも言うべき、裳瘡(もがさ・天然痘。腕痘瘡(わんとうそう)とも。)に襲われた寧楽(なら)の都が舞台です。

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 ちょうど、都が飛鳥から寧楽(なら)に移って27年後、天平2(730)年の、半年間の施薬院(せやくいん)での物語です。
 施薬院は、聖武天皇の后、藤原光明子が、度重なる都移転などの不評を反らすために置いた、庶民の医療施設と物語られます。その隣には、悲田院が併設されています。

 余談ですが、次に読む予定の小説は、安部龍太郎 『平城京』で、本書と相俟って役立ちそうです。

 《火定》とは、仏道修行者が、火の中に自らを投じて入定することです(272、404頁)。
主役・脇役たちは、それぞれ鬱積を抱えながらも、裳瘡対策に奮闘します。

 その裳瘡は、新羅から遣新羅使によってもたらされました。
 冒頭、新羅帰りの官人が倒れ、さらに、街の遊戯店の多枝子に熱が出て、不気味に物語が始まります。薬商・久米比羅夫は、裳瘡を知るや店を畳んで遁走してしまいます。

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宮部みゆき『あんじゅう 三島屋変調百物語事続(ことのつづき)』 ~読み始めると止められません。面妖な怪異譚も、結局、人の想いを語っています。物語の、きれいな締めくくりが印象的です。

 昔、熱中症のことを《霍乱(かくらん)》と言いました。《鬼の霍乱》。皆様、ご自愛ください。

 さて、全5巻ある、「三島屋変調百物語事」の第二巻目、「」です。これも、630頁と分厚い。

宮部みゆき 『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(角川書店)

 人の心の器から溢れる言葉を受け止めるおちかの聞いた、謎に溢れた物語が続きます。
 題名の、「あんじゅう」とは、第三話、《暗獣》からです。

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 最初の、「第一話 逃げ水」から、読むのが止まらなくなりました。
 丁稚・平太と、小野木村で、鉄砲水の水害が無くなった集落で、必要とされなくなった、可愛い女の子の神様、《白子(しろこ)様、お旱(ひでり)さん》との〈友情〉。
 それに、やはり三島屋の丁稚・新太と平太の友情。ほのぼの感じる、ややファンタジックな話です。

 三島屋の人々が、皆、優しい。また、養父・伊兵衛や口入屋灯庵老人の世慣れた意見や養母・お民の心得顔も心地良い。

 全体の「百物語」は、江戸・筋違橋(すじかいばし)近くにある袋物屋「三島屋」の養女・おちか(17歳)が、養父の伝手(つて)で、口入屋、読売(瓦版屋)、岡っ引き達に広めて貰って、不思議な話を持っている人を、5日に一人の割合いで招いて、その話を聞いてあげる趣向です。
 聞くのは、おちか自身の辛い経験を〈日にち薬〉で和らげるだけでは無く、カウンセリングする一助もあります。その第二巻めになるわけです。

 第二話、「藪から千本」。「嘘ついたら針千本飲~ます」の針が、藪を突いたら出て来たことを暗示する章題です。
 江戸時代の商家や武家では、〈身代を割る〉とか〈家を分かつ〉と言って、双子を嫌った。〈畜生腹〉とまで言って嫌ったのが、針屋住友屋の姑です。死んでまで呪う。
 やがて、双子の一人・花が死にます。残った梅に祟りが集中します。

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オペラ『魔弾の射手』を鑑賞しました ~オペラ・ファンと宝塚「大和悠河」ファン、熱狂のスタンディング・オベーション。コンヴィチュニー演出にしては、楽しさ満載の一夜でした。

 危険な暑さ・・、7月18日(水)、18時30分から、上野・東京文化会館で、
3幕のロマンテック・オペラ、

 『魔弾の射手』(3幕)

作曲・カール・マリア・フォン・ウエーバー(1786-1826)、
台本・フリードリヒ・キント、
を鑑賞しました(1821年初演)。席は、S席中央最前列です。
 英語と日本語の字幕付き原語歌唱/日本語台詞で、〈新演出〉です。

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 余談ですが、以前観た、
映画「魔弾の射手」(2010年)、指揮・ダニエル・ハーティング=ロンドン交響楽団、
制作、監督、台本・イェンス・ノイベルト、
は、正統派で、良く出来ていました。

 今回、
演出は、ペーター・コンヴィチュニー
指揮は、アレホ・ペレス
 =読売日本交響楽団&二期会合唱団
 テンポの速い演奏で、迫力があります。

 鑑賞前には、相当〈構えた〉コンヴィチュニー演出ですが、この日は、若干予習の成果もあるのか、すこぶる分かりやすく、楽しめた演出でした。

 私は、コンヴィチュニー演出のオペラを、すでに、
2013年5月1日「マクベス」(指揮・アレクサンドル・ヴェデルニコフ)、
2011年2月22日「サロメ」(指揮・シュテファン・ゾルテス)
を観ています。また、
6月27日(水)には、「ペーター・コンヴィチュニー『演劇についての新たな考察」も聴講しています。

 この舞台で、元宝塚スター、大和悠河(ゆが)
が、悪魔(猟魔)ザミエル役(台詞役)で出るので、客席では、「キャー!!」とか、日頃のオペラに無い声援が入ります。
 冒頭、最初の登場で、2列目の一団の「キャー!!」と拍手で、これからの鑑賞を心配した位です。
 余談ですが、12本のスタンド花がありました。「増田惠子さん贈」のもありました。

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 で、自然と、オペラ声楽陣も対抗心 ? が入るのか(私の印象です)、出来が素晴らしい。特に、
クーノーの一人娘アガーテ・嘉目(よしめ)真木子
親戚の娘エンヒェン・冨平安希子
は、熱演が光りました。
 私、嘉目さんのファンです。
 冨平さん、台詞で、「白い鳩」を「白い鷹」と言い間違えましたが、ご愛敬です。

 もう一人、ヴィオラ・ソロの、
ナオミ・ザイラー(ハンブルグ州立歌劇場管弦楽団主席奏者・客演)
の演奏と演技は光ります。良かった。
 ザミエル役ですから、大和悠河がヴィオラを弾ければこの役もやったのでしょうが、勿体ない。

 で、まずは、大和悠河の感想は・・、

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心に染みいる一枚の絵、ムンク『病める子』 ~10月からの『ムンク展』に期待しています。文末に、近況も、一言添えました。

 この画家には、夏の明るい太陽の陽ざしは似合いません。
 秋、10月27日から1月20日まで、上野の東京都美術館で、『ムンク展』が開催されるというので、ムンク (1863-1944) の画集を繰っていました。
 有名な、人間の不安を表現した、「叫び」(1893 油彩)の〈解釈〉を見るのが主目的でしたが、「病める子」の絵に、心が、釘付けになりました。

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 私は、ワイエスの「クリスティーナの世界」も好きですが、この絵にも、心が、没入しました。
 ノルウェーの表現主義の画家、エドワルド・ムンクが、1885年(22歳)から86年にかけて、何度も修正して製作したものです。

 エドワルド・ムンクの姉、ヨハンネ・ソフィエは、15歳(1877)で、結核で死去しました。エドワルド自体も、気管支炎やリュウマチ熱などで、すこぶる病弱でした。

 その時、エドワルドは、14歳でした。姉を追想し、その〈痛み〉を追体験しています。精神性豊かに死の問題と対決し、去る者と残される者に生ずるドラマを凝縮された雰囲気で表現しています。絵のモデルは、街で見つけた赤毛の少女、ベッツイ・ニルソンとか。

 同じ様な絵は、同時代のクリスチャン・グローグ「病める少女」などもありますが、雰囲気がまるで異なります。

 臨終を見守って悲しむのは、叔母カーレン・ビョルスタです。
 既に、母・ラウラ・カトリーネ・ビョルスタも、30歳で、エドワルド5歳の時に、5人の子を残して、結核で死去しています。
 カーレンは、残された子ども達の親代わりでした。

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原田マハ 『デトロイト美術館の奇跡』 ~絵画の〈行く末〉と、絵画を愛する人々の人生を投影した、心に染み入る物語を味いました

 いったい、何が〈奇跡〉なの ? と読み始めました。
 財政破綻したデトロイトにある、DIA(デトロイト美術館)の物語です。迂闊ながら、これに問題意識を持って、知りませんでした。

原田マハ 『デトロイト美術館の奇跡』(新潮社)

 表紙の絵は、フランスの画家、ポール・セザンヌ(1839-1906)の《マダム・セザンヌ》(「セザンヌ夫人の肖像」)。
 セザンヌ夫人、オルタンスを描いた作品です。

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 オルタンスは、仏語で、アジサイを意味するオルタンシアに由来しています。セザンヌが30歳の時、18歳のオルタンスと知り合いましたが、父から仕送りを受けていたセザンヌは、二人の関係を隠し続けました。
 結婚したのは、17年後です。父は、この年88歳で亡くなりました。

 セザンヌは、オルタンスの絵を生涯に油絵だけでも29枚描いています。
 余談ですが、メトロポリタン美術館では、これら肖像画を一同に集めた展覧会も行われましたね。

 生真面目にきゅっと口を結び、頬はほんのりとバラ色で、こちらを一心に見ています。粗末だが、朝焼けの色が溶け込んだような青色の服に包まれた体は、かすかにゆがみ、大地に根をはる樹木の幹に似ています。

 本書は、この絵に魅入られた人々の物語です。

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梨木香歩『家守綺譚』 ~日本の四季の移ろいを背景に、ファンタジックな物語が、珠玉の文章で綴られています。まるで、幽玄な能楽を観賞した後のような心持ちです。

 本来は、こちらの書を先に読むべきでした。
先日読んだ、『冬虫夏草』の前に出版されたものです。
(余談ですが、7月5日の日本テレビ「ぐるナイ」で、冬虫夏草と鴨を紹興酒で蒸した料理の値段が、18,500円でした。出演者は、3,800円と値付けして見事外れました。)

梨木香歩(なしき かほ) 『家守綺譚(いえもりきたん)』(新潮社)

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 本書も、〈サルスベリ〉から〈葡萄〉まで、目次記載以外も含めて、34の生物が折に触れて登場します。〈竹の花〉の話は、始めて知りました。

 ところで、この本で、数行出てきた、ダンテ・ゲイブルリエル・ロセッティ(1828-1882)の詩に興味を持ちました。
 調べてみると、蒲原有明(かんばら ありあけ 1875-1952)が、ロセッティに傾倒して、訳詞集を出していますが、「常世鈔」にある《ゑすがた》(肖像画)のようです。

 この『家守綺譚』には、もう一つ、ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」の詩《ミニヨン》も登場します。語るのは、南の国への憧れです。

 ・・と、得られた新知識の話を先にしました。

 さて、やはり、本作は、『冬虫夏草』の前段の知識が、当然ながら得られます。

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顧蓉、葛金芳『宦官(かんがん)』 ~後漢の頃には1万人以上、明末には10万人以上いたという、宦官についての、微に入り細を穿つ記述です。

 「三国志」の小説を読もうと思います。
 まずは、《周囲》から、予習しています。どの作者のどの小説を選んだか、また、どんな書物で予習したかは、後日、別にアップします。

 きょうは、そのように、幾つか参考に資料を読み始めた中で、「清流と濁流」の派閥対立(濁流が、宦官です。)や、「官僚と宦官の殺し合い」、などと度々出てくる、それに、三国志の英雄・曹操(そうそう)が、祖先に宦官がいましたし、
 後漢の宦官・趙忠は、霊帝に命じられて車騎将軍として〈黄巾の乱〉(184年)に鎮圧に向かいました。
その《宦官(かんがん)》が、今ひとつ、よくわかりません。それで、

顧蓉、葛金芳『宦官(かんがん)』(徳間書房)

を読みました。
 著者、顧蓉(こよう。1944-)、葛金芳(かつきんほう。1946-)は、何れも湖北大学の教授です。訳は、尾鷲卓彦。

 サブタイトルが、「中国四千年を操った異形の集団」とあります。微に入り細を穿つ記述です。時に、嫌悪のような感じを持つこともありました。

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 まずは、「宦官」(かんがん)。太監(たいかん)とも、奄人とも言います。あるいは、ユーナック(Eunuch)とも言われ、インドやヨーロッパ諸国(ギリシャ・ローマなど)にも存在しました。

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梨木香歩『冬虫夏草』 ~民話や伝説の、日本の原風景をフィールドワークするような、独特の優しい雰囲気を持った主人公の〈旅〉です。

 どういう風の吹き回しか、また、暑い夏が訪れたせいか、実は、洒落た題名にひかれたのが大きいのですが、多少は、小さな生物の本も良いかな、と思ってこの本を求めました。
 たしか、新潮社の月刊PR誌『波』に連載されていましたが、その時は、スルーしていたのです。
 しかし、内容は、生物の本ではありません。どちらかというと、ファンタジックな物語です。面白かった。読んで良かった。過日読んだ、朝井まかて「雲上雲下」を彷彿させます(3月28日記事)。

梨木香歩(なしき かほ)『冬虫夏草(とうちゅうかそう)』(新潮社)

梨木香歩(1959-)さんは、児童文学も書いています。

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 未読なのですが、本編は、『家守綺譚』(2004年)の続編だそうで、それには、百年ほど前、主人公・綿貫征四郎が、ボートで行方不明になった学生時代の親友・高堂の家の守を頼まれたり、その幽霊と語り合ったりの物語のようです。次回、読んでみます。

 植物などのエッセイなどではありませんが、題名どおり、たしかに、《マツムシソウ》から始まって、《茅》まで、目次記載以外の生物も含めて、数えると、大体、54種類の、大半は植物が、折りにふれて出てきます。

 しかし、「冬虫夏草」とは(これにひかれて買ったほどの、しゃれた題名ですが)、実は、「サナギダケ」のことで、冬の間に、蛾の幼虫に寄生して、春から夏に成長するキノコの一種です。
 これは、貴重な漢方の生薬で、また、中華料理や薬膳料理にも珍重され、〈軟黄金〉とも言われます。2007年には、中国四川省で、チベット族同士の採集争いから、6名死亡・約100名負傷などという事件があったほどです。
 この題名には、境界を、行ったり来たりする象徴としての意味も込められているのでしょうか。

 物語は、百年ほど前のことです。京の山科あたりに住んで、死んだ親友の家守をしている、文士である、主人公・綿貫征四郎が、自宅からいなくなって2か月になる、愛犬・ゴローと、話に聞いた《イワナ夫婦の宿》を、鈴鹿の蛭谷(ひるたに)周辺に探す旅です。
 その途中で〈邂逅〉した植物などがさりげなく書かれています。

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東京二期会『魔弾の射手』プレトーク」、ペーター・コンヴィチュニー「演劇についての新たな考察」を聴講しました ~コンヴィチュニー演出の醍醐味が理解でき、多くの《謎》が解けました。宝塚の、大和田悠河さんも飛び入り出演しました。

 6月27日(水)19時から21時過ぎまで、東京ドイツ文化センターホール(GOETHE INSTITUT。青山一丁目)で、

ペーター・コンヴィチュニー「演劇についての新たな考察」

を聴講しました。席は、最前列。

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 話も、通訳も的確で、実に充実した2時間余でした。
 こんなに、《立ち入った》解説があるとは、予想外で、嬉しくなりました。コンヴィチュニー(敬称略)は、通訳が心配するのもお構いなしの《ネタバレ》満載です。いいんですよ、オペラの舞台なんですから、演出意図の話は、《ネタバレ》とは違います。その点、通訳は、誤解しているのでは。この話が無ければ、講演の意味がありません。

 宝塚の、大和田悠河さん(悪魔ザミエル役)も飛び入り参加です。何と美しい。
 大和田さんの役どころも、コンヴィチュニーから詳細な解説がありました(後述)。
 聞き手は、森岡実穂(中央大学経済学部准教授・英文学。写真、向かって左端。何れの写真も許可ある撮影です。)

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 ペーター・コンヴィチュニーは、指揮者・フランツ・コンヴィチュニー(1901-1962)の息子で、1945年生まれ。ライプツィヒ歌劇場主席演出家です。
 私は、既に、2013年5月に「マクベス」を、2011年2月に「サロメ」を観ています。
「サロメ」の時は、凄いブーイングでしたが、コンヴィチュニーにとって、ブーイングは勲章のようなものです。

 今回は、7月18日に観劇する予定の、3幕のロマンテック・オペラ・『魔弾の射手』(3幕)の《プレ・ソワレ》です。
 この日は、19時から開演で、ゆっくり楽しみたいので、終了後は、お隣の、「富山県赤坂会館」に1泊しました(シングル、朝食付き8100円)。いつものことです。15時にチェックインして、一休みしてから会場に向かいました。

 話の前半は・・、
 過去にコンヴィチュニーが演出した3つのオペラを中心に、どのような演出意図があるかを、映像で〈解明〉していきました。
 その要諦は、「世にある多くの演出の様に、テキストだけ、物語だけを舞台化しない」ということでしょうか。その意味で、原台本のト書きは、無視されます。

 まず、1995年にライプチヒで公演された、チャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」2幕2場での、普通行われるバレエシーンが、コンヴィチュニーは気に入らない。
 で、オネーギンが、親友レオンスキーを殺しての「ポロネーズ」では、バレエでは無くて、オネーギンが死体を抱いて、慟哭して、ダンスします。
 通常、この後の休憩後に演じられる、親友の死を悼む心情を、休憩前にポロネーズに重ねて見せたわけです。
 オネーギンの嘆きと音楽のコントラストで、感情の摩擦が描かれます。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 芸術団体を「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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