青山文平 『春山入り』 ~人が、人の心を推し量るのは、限界があることを悟ります。改題、重複収録あるも、偶然にも、「約定」だけは、まだ、未読でしたが・・。

 著者のファンなので、書店に《新刊》として平積みされていたこの文庫を、中も見ずにサッと買い求めました。

青山文平 『春山入り』(新潮文庫)

 北国では、春になると、順序を踏まずに一斉にいろいろな花が開花します。その季節に、主人公は、山に入ります。これが、《春山入り》です。

 本書に収められた6作の短編は、皆、閉息された時代遅れの武家制度の中で、潔い、清冽な生き方を貫く人物が描かれています。
 ただ、それぞれの人物で分かるのは、人が人の心を理解する、推し量る、ことの難しさです。これがたっぷり描かれています。

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『ジャコメッティ』展 ~「物(オブジェ)では無く、一つの問いかけであり、質問であり、答えである。完成されることもあり得ず、完全でもあり得ない。」



 前回は、「古希」の記事に、たくさんの《拍手》をありがとうございました。心から感謝申し上げます。


 国立新美術館(六本木)の

『ジャコメッティ』展

を、妻と鑑賞してきました。
 我が家の書架には、ジャコメッティの「ヴェネツィアの女Ⅷ」(1956年)の彫刻の写真を額に入れて飾ってあります。
 この作品は、1962年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品された、9作品のうちの1作品で、今回の展覧会にも展示されています。
 この年の10月に、矢内原伊作をモデルに肖像画の製作を始めました。

 彫刻も絵も、人物全身を、自然の丈で測らず、また、写真で写したように周囲の事物をも写し込まず、その人と他人と区別している作品です。

 私は、アルベルト・ジャコメッティ(1901ー1966)の作品が好きで、2006年6月に、神奈川県立近代美術館(葉山)で、約140展の作品にふれることができました。
 今回も、出品された点数は、約130点です。

 今回、展覧会に行くにあたって、その当時の、

芸術新潮』(2006年7月号「特集ジャコメッティ」)、
ファブリ世界彫刻集 ジャコメッティ』(平凡社)、

 ・・などを引っ張り出して来て、〈予習〉に及びました。

 前者は、保坂健二郎氏(東京国立近代美術館研究員。専門は、英画家・フランシス・ベーコン)が主になって、約80頁に及ぶ、諸写真満載の、実に、充実した特集で、周囲の人間関係なども、随分、立ち入って書かれています。
 また、ジャコメッティの生まれ故郷スタンパまで訪れた記事が、カラー10頁あります。

 余談ですが、1966年の仏映画「男と女」(クロード・ルルーシュ監督)に、「ジャコッメティ」の名前と、ジャコメッティの彫刻のようなシルエットが登場しています。これも、私の心にジャコメッティが刻みつけられた一つではあります。

 ジャコメッティは、サルトル「嘔吐」の表紙、61歳には、ベケットの「ゴドーを待ちながら」の舞台美術なども製作していますが、有名なのは、46歳頃からの(発表したのは、48歳頃です。)、細長い人物の彫刻でしょう。

 また、絵画には、大半、「枠」があって、描く空間を規定しています。それは、彫刻では出来ない、別世界、しかも、自らと深く関わる世界を、表現しようとしたのかもしれません。

 目に映るものを「見えるとおりに表す」(見えることはどういうことか、人はいったい何を見ているのか)、ことを、ジャコメッティは、生涯をかけて追求しました。
 また、記憶と想像によって、見えるものが与える内的なビジョン、サンサシオンを象徴的に表現しようともしました。

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古希(古稀)になりました。



 70歳。古希(古稀)になりました。
 
 女の子、8歳5月と男の子、7歳10月の孫から、紫色の、『HAPPY KOKI 70』と名前の入ったTシャツと、丁寧に書いた絵をプレゼントされました。
 (写真は、一部固有名詞を、白で、消しています。)

 還暦(60歳)から古希までの生き方は、結構、難しいと思ったのですが、私は、ボランティア活動や文楽、オペラ、そして、ブログ作りなどに邂逅して楽しい日々でした。
 が、もっとも楽しかったのは、孫たちが出来て、たっぷり遊べたことでしょう。
 その孫の絵には、「ずっと元気でね」、とありました。★

METライブ・ビューイング、オペラ『薔薇の騎士』 ~シーズン〈ラスト〉に、2つの〈ラスト〉もあって、圧倒的な感動の新演出でした。



 MET、ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場でのオペラ、先月、5月17日公演のライブ・ビューイングです。
 今シーズン〈最後〉の演目です。上映時間は、4時間24分。


 リヤルト・シュトラウス『薔薇(ばら)の騎士』


指揮・セバスティアン・ヴァイグレ
演出・ロバート・カーセン

 もう2つ、〈最後〉がありました。
 元帥夫人のルネ・フレミングが、ほぼ70回演じたこの役を、これで最後とするもの。
 まるで、ロッテ・レーマンのように。

 さらに、ズボン役、オクタビアンのエリーナ・ガランチャが、17年間演じて来たこの役を、若い世代に譲りたいと、〈最後〉とするものです。

 で、最後のカーテン・コールは、観客総立ち、割れんばかりの尋常ならざる大拍手でした。

 オペラって、当たり前ですが、演劇などと違って、複数人が、同時に気持ちを吐露できるんですね。このオペラの、最後の、2重唱、3重唱なんて、歌も、内容も、涙が出るほど素晴らしい。

 ところで、余談ですが、このライブビューングで、いつも感じるのは、幕間での舞台裏のインタビューの質の高さです。

 短時間に、的確な質問と答えを、ユーモアを交えての、速射砲のようなやり取りで、いつも、感心してしまいます。
 今回は、第1幕で出番を終えた、マシュー・ポレンザーニ(テノール)がインタビュアーでした。

 さて、このオペラは、「二十世紀オペラの最高傑作」と、後述の書などで、広瀬大介氏が述べているオペラです。

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梶よう子『北斎まんだら』 ~江戸のホームドラマを観ているような感じです。そして、やはり、存在感のあるのは、娘、応為です。

 今朝は、日生劇場、11月・オペラ公演『ルサルカ』の、S席チケットを、会員先行発売で入手しました。
 日生オペラは、本公演前に、2度ほどレクチャー教室があり、さらに、直前に、舞台フォーラムもあります。

 さて、読書のお話です・・・、
 今回は、

 梶よう子『北斎まんだら』(講談社)

 梶よう子作品は、2015年刊行の、『ヨイ豊』(講談社)・・卒中で倒れてヨイヨイの・・以来です。そこでは、、四代豊国でした。

 今回は、北斎(1760ー1849)ですが、まるで〈北斎曼陀羅〉と言える、北斎に惹かれ、慕い、学び、近づきたいと願い、師匠の絵に惚れる、北斎周辺の人間模様が、描かれています。それは、江戸のホームドラマのようです。

 しかし、存在感のあるのは、娘・お栄(号、葛飾応為)です。それに、善次郎(号、渓斎英泉)。
 6拍子揃った小悪党である、北斎の孫、重太郎も登場します。

 と、書くと、朝井まかて『眩(くらら)』(新潮社)、と同じ設定であるのに気づきます。驚くことに、両書、ほぼ同じ頃に執筆されているんですね。
 
 この「北斎まんだら」は、もう一人、信州、北信濃小布施の高井家から絵の修行に出てきた、総領息子、三九郎(号、高井鴻山)が登場します。
 その三九郎は、小布施に北斎を招き、岩松院の天井画、祭り屋台の飾り絵など、絹本に描かれた肉筆の画ではなく、物として北斎を残す行く末をほのめかして物語を終えるのが眼目となっています。

 三九郎の、心の奥底に捕らえられいる、絵への不安、鬱屈といったものが通奏低音となっていますが、同じ悩みは、孫の重太郎にもあって、このあたりが、〈北斎曼陀羅〉と言える本書の特徴でしょう。

 また、枕絵 春画 ワ印などの解説も、露骨で、分かりやすい。

 本書を読んでいるいる間、両国の「北斎館」に飾ってあった、炬燵櫓に潜って作品を描く北斎と、そばにいる娘・お栄(号、葛飾応為)の人形が目に浮かびました。

 ところで、やはり、梶よう子氏も、朝井まかて氏も、応為、「吉原格子先之図」などを描き、〈日本のレンブラント〉などと評価されるこの娘を、もっと、世に出したかったと思っているのは、ありありです。多くの読者も、そうなのでは・・。

 さて、
 この後の読書は、やはり、この世界の、
谷津矢車 『おもちゃ絵芳藤』(文芸春秋)、
を予定しています。また、
渡辺保 『戦後歌舞伎の精神史』(講談社)、
も読みたくて、積んであって、なかなかノルマが大変です。
 それに、とりあえず、まずは、
METライブビューイング『薔薇の騎士』を観に、東劇に行く予定です。★

青山文平『遠縁の女』を味わいました。例によって、様々な知識も得られました。ただ、共感できない結末もありました。

 我が家の紫陽花が咲き乱れるのは、あと一歩です。
 余談ですが、このシーズン、私は、新生姜(しんしょうが)を、我が家で、酢で、しかも、すっぱ~く漬けたのが大好きです。極端な話、これとご飯さえあれば良いくらい。
 
 さて、このところ、歌舞伎の古典の〈研究〉で根を詰めましたので、気分一新、好きな作家の本を読みました。

青山文平 『遠縁の女』(文芸春秋)

 3編からなります。
 この著者の作品で、以前、「養蚕」の話を〈学ぶ〉ことがあったのですが、今回は、織機での織物の話、砂地の植物剣道の話などを〈学び〉ました。

 ところで、最近、「江戸時代は良かった。」などと言われますが、著者の作品を読むと、いつもながら、閉息的な身分制度と下級武士・庶民の貧しさ、などを説得的に描かれていて、必ずしもそうでは無い、否定的な感情になります。

 特に、「武の時代」が終わっているのに、システム・思考が「武の時代」のままであることに、繰り返し気づかされます。
 ですから、例えば、極端なところ、戦争と同じで、上の命に意見が言えません。戦は、そんなことをしていたら負けてしまいますからね。
 「文」、「学問」も、唐や朝鮮の詩文中心の科挙で選ばれた臣のように、「長袖族(ちょうしゅうぞく)」などと軽んじられた時代が大半です

 武の時代と言いながら、それでいて、これを読むと、竹刀の剣道は、実践的ではないのですねえ。いわんや、床で、壁に囲まれてするなんて。

 さて、3編ですが・・・、

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10月、国立劇場・歌舞伎公演 『霊験亀山鉾』 を詳説します。冷血漢、水右衛門を、片岡仁左衛門がどのように演ずるか楽しみです。




 少し早いのですが、10月国立劇場・歌舞伎公演『霊験亀山鉾』(れいげんかめやまほこ)を予習します。約8,000字になる、長文です。

 尋ぬる人の人相は・・
 脊(せい)の高さは常体(つねたい)にて、
 目の内するどく、鼻筋とおり、
 青ひげ有って色白く、
 左の眉(まゆ)に壱つのほくろ、・・・

 悪の藤田水右衛門です。 

 四世鶴屋南北(宝歴5年〈1755〉ー文政12年〈1829〉)、68歳の代表傑作で、化政歌舞伎の頂点の作品。
悪のエネルギーに満ちた、《返り討ち》物、


霊験亀山鉾』(11幕・文政5年〈1822〉江戸河原崎座初演)


 南北が、実悪の名人、鼻高幸四郎(写楽の役者絵)こと、五世松本幸四郎の為に書き下ろした作品で、元禄14年〈1701年〉5月に起きた仇討ち事件が元になっています。

 次々、討手の変わる、5回の敵討ちで、追う《石井》側の討手8人が、悪の藤田水右衛門(江戸狂言では、「藤川」とするのが多かったようです。)に、返り討ちで殺されたり、自害します。
 さらには、石井側も水木の父を殺し、「相狙い」の様相となります。

 結局、敵(かたき)が討たれたのは、発端である父の死後29年目、兄の死後21年目となりました。

 本作は、「岩倉宗玄恋慕琴」や「お妻・八郎兵衛」(「桜鍔恨鮫鞘」)の物語も、「ない交ぜ」にされています。

 余談ながら、南北の『月出村』(文政4年)は、敵討ちではなくて、心中の繰り返しです。そういう作品もあるのです。


 では、返り討ち、仇討ちの大筋を分かりやすく述べます・・・、
 各番号の段落の前に、「・・まず」ということで、登場人物を整理解説します。
 これを「」にでも書いて、整理していただくと、一層理解が深まります。


 幕開の舞台展開から・・

 発端です。浅黄幕。甲州石和河原、八ツ時分(14時頃)。
 敵討ちが見られるというので、百姓、旅人が5、6人、通りかかった飛脚・早助(2幕にも出ます。)も集まっています。

 次の1、2で詳説しますが、石井右内を殺して、捕らえられた藤田水右衛門への、右内の弟・兵介の正式な仇討ちが行われるのです。

 この地には、藤田水右衛門を助けたいという、水右衛門の下部(しもべ)伴介や、水右衛門の父と昵懇である了善和尚も嘆願の為に来ています。

 ところで、伴介は、水右衛門から預かっている、右内殺害の折りに盗んだ、神影流の秘書「鵜の丸の一巻」を了善に預けます。


 筋の詳説をはじめます・・・、

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幼児と遊ぶボランティアに〈復帰〉しました。読書は、感動的な2冊、『決戦! 忠臣蔵』、『大雪物語』の併読です。いずれも、最終章は、見事な余韻。



 昨年、12月まで、約6年間勤めた「民生委員・児童委員」。
 そのおり、担当でないのに、6年間、ずっとボランティア活動していた、0~2歳児のための《子育てサロン》に、請われて〈復帰〉することになりました。
 私がいなくなって、〈消息〉を尋ねた人もいたとか。

 月2回、また、幼児と遊ぶことになり、ちょっとは、若返るかも。
 写真は、今日の、絵本の読み聞かせ風景です。
 

 さて、読書。

 2冊の新刊を平行して楽しんでいました。

まずは、7人の作家によるアンソロジー

決戦! 忠臣蔵』(講談社)

葉室麟(1951ー)の、大石内蔵助良雄(変名・池田久右衛門)。人を束ねる難しさ、 

朝井まかて(1959ー)の、大石家の飼い犬・唐之助が、浄瑠璃作者に語る〈りく様〉の、巷間と異なる印象、

夢枕獏(1951ー)の、釣り好きの、水木吉兵衛、本名・吉良上野介義央、の人間味、

長浦京(1967ー)の、不破数右衛門正種の決意と、討ち入りの迫力ある描写、

梶よう子の、吉良上野介義央を守る清水一学の壮絶な死と、許嫁・美与の薄幸、

諸田玲子の、神碕与五郎と先妻・ゆい、とのの再会と別れ、それに、赤穂に似た美作津山の改易逸話、

山本一力の、泉岳寺の雲水・白明(はくみょう)、瓦版屋の耳鼻達(記者)、も登場しての、印象深い竹藪の雪。

 一事件から紡がれる、作者7名の個性ある、様々な〈人生〉の目の付けどころ、その創作にまず、敬服しました。
 女性作家二人は、男女の情愛を印象深く描いて、涙を誘います。
 最後は、山本一力の静謐な場面で〈了〉。編集も見事です。感動しました。〈決戦〉の題は、ちょっと違和感がありますが。

・・・それにしても、人生を考えさせます。

 もう一冊は、
久しぶりの現代小説です。

藤田宣永『大雪物語』(講談社)

 大雪のK町(多分、軽井沢町)を舞台にした、いずれも、感動的な、7つの短編です。これも、巧い。

 遺体を、東京からK町に運ぶ途中で、雪に閉ざされた遺体運搬会社の社員と遺体の母の娘(「墓堀り」)、大雪の中を飼い犬を探す少女と助けた男の境遇の暗示(「雪男」)、ピアニストと画家夫婦の〈やりなおし〉(「雨だれのプレリュード」)、
の各物語に感動しました。

 他には、昔の恋人との思いがけない再会(「雪の華」)、空き別荘に隠れた引ったくり少年と隣家の老女との交流(「転落」)、災害出動した自衛官と家を出た姉との再会(「わだかまり」)、
 いずれも、人生で深刻な話しながら、何となく暖かみと救いが用意された文章です。

・・・それにしても、人生を考えさせます。★

文楽の神髄を感じたような、圧巻、熱演の千歳太夫(長局)~国立劇場・五月文楽公演『加賀見山旧錦絵』



 東京は真夏日とかの、21日(日)、午後4時から、国立劇場で、五月文楽公演、

加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』

を鑑賞しました。
 この日は、終演後、そんなに家が遠くないのに、劇場近くのホテルに泊まって余韻を味い、この記事を書きました。
 翌日、久しぶりに、ずっと馴染みだった、大手町の床屋を訪ねることにして予約していました。

 1時過ぎに食事し、ビールを飲んでから、ホテルにチェック・インして、シャワーを浴びて、いざ、〈出陣〉。


 さて、この文楽作品は、天明2年、容楊黛(ようようたい)の江戸浄瑠璃です。
 この日の席は、私が、最も好む、5列2x席です。通路際。

 今回の公演では、第一部が、英太夫改め、六代目豊竹呂太夫の襲名披露が行われましたので、ロビーも、御贔屓さんらしい和服の方も多く、華やいでいます。
 私の鑑賞したのは、戯曲自体興味のある、第二部です。
 
 
 長局(ながつぼね)の段
竹本千歳太夫(三味線・豊澤富助)、
が圧巻の熱演です。

 約66分、西風の、言語の重みが要求される、太夫、至難の難曲を見事に、一人でやり抜きました。文楽の神髄を感じた思いです。

 登場人物が2人だけで、しかも、各々本心を隠しています。
 ・・動きが少ないので、近くの、文楽初心者らしき、お嬢さん、退屈で、間が持たず、じっと座っていられない様子で、あれこれ、ごそごそ動きっぱなし。

 「長局」とは、奥女中に与えられるいくつかの部屋がある、長い一棟。
 尾上は、いつもよりも遅く、「羊の歩み、隙(ひま)の駒」【屠殺場に引かれていくようにゆっくりと、足が進まないのに時間ばかりがたってゆく例え。】のように、部屋に戻って来て、憔悴しきった様子。食も欲しくなく、癪(しゃく)も起ります。

 お初の、尾上の癪への按摩(あんま)の件には、色めいた「色メキ」のメリヤス(床メリ、床の合方)が。

 岩藤に草履で打たれ、恥辱を受けた中老・尾上が、死を決意して書置きを書くシグサには、「摘み残す・・」のメリヤス。「冷泉」の思い詰めた扱いです。

 ・・ちなみに、《メリヤス》とは、「はきごころよい めりやすの足袋(たび)」から来た、台詞やシグサに合わせて演奏される義太夫節や竹本の曲種です。

 余談ですが、昭和50年代の道頓堀・朝日座の舞台DVDで観た、四代目竹本越路太夫(三味線・竹澤弥七)、人形は、初代玉男、二代目勘十郎、若かりし簑助、玉女で、素晴らしい舞台でした。

 越路太夫は、出だしの「テモおそろしい たくみごと・・」からは、素人が考え及ばぬ、脂汗の出る難曲と述べていました。
 そのところ、私は、床の竹本千歳太夫と、三味線・豊竹富助をじっと見つめていました。

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平日・空き気味で、涼しく、曇天、という絶好のコンディションの、ディズニーシーで、最高級レストラン「マゼランズ」の食事を楽しみました。



 連休明けの「東京ディズニーシー」を楽しみました。

 前回、孫たち一家と行った「ディズニーランド&シー」は、1泊2日で、ホテル・ミラコスタに泊まり、バケーション・チケット(時間指定無しのファースト・パスや、パレード見物の指定席があるなんて、初めて知りました。)付きでした。

 今回は、〈老〉夫婦のみですが、2人で行ったのは、これで、確か、3度目です。
 連休明けで、人々が働き出した頃、遊べるのは、長年苦労した御褒美。おまけに涼しく、曇天。

 目当ては、1か月前に、11時半に予約した、「ディズニー・シー」の、最高級レストラン「マゼランズ」です。

 案内されて階段を下ると、店の真ん中に、直径4mの、巨大な地球儀があり、さらに進むと、その奥に、秘密のスイッチを押してドアが開く、ワインセラー風の部屋の一番奥の席でした。
 人によっては、地球儀のある席を好むそうです。

 こちらは、やや照明を落とした席で、ゆっくりくつろげます。
 魚料理と肉料理の、フルコースのスペシャル・ランチと、グラスがお土産になる飲み物で、1人当たり、ほぼ1万円(飲み物別。ただし、ソフトドリンクは、注文フリー)。約2時間の食事でした。

 遊園地の中の落ち着いた本格レストランは、なかなかのものでした。
 帰りがけ、地球儀を背に写真を撮ってもらいました。

 この日は、もう一つ、「ビッグバンドビート」のショーを観たかったのですが、抽選にあっけなく外れ、自由席も、2時間前から(!)行列しているので、諦めました。

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昔のCD、小林秀雄講演から《思って得る》ことの大切さを再認識しました。散歩の途中、新刊を3冊買いました。

 孫たち一家から、LINEで、箱根の楽しそうな写真が、送られて来ました。


 さて、私は、散歩していて、TUTAYA書店に入ると、

ピーター・J・マクミラン『英語で読む 百人一首』(文春文庫)

という書物が目についたので、買いました。

 ちなみに、有名な

秋の田のかりほの庵(いほ)の苫(とま)をあらみ
わが衣手(ころもで)は露(つゆ)にぬれつつ
」は、


In this makeshift hut
in the autumn field
gaps in the thartch let dewdrops in,
but it is not dew alone
that moistens my sleeves
・・・

という具合です。


 散歩を続けて、次の、紀ノ国屋書店では、

青山文平『春山入り』(新潮文庫)

青山文平『遠縁の女』(文芸春秋)

と、2冊も新刊が出ていましたので、これも、買いました。TUTAYAと紀ノ国屋では、棚の配列が違うので、気づく本が違いました。
 このあと、ホームセンター2軒をじっくりのぞいて(あっ、ここで、近時、ドラッグストアを探しても、ずっと見つからなかった、《ディープクリーン》の81番の歯ブラシが置いてあり、店を、見直しました。)珍しい品物をいじくりました。

 帰宅したら1万歩。まあ、この半分くらい2日おきくらいに歩くといいのでしょうか。

 帰宅後、昨日から聴いている、

CD・小林秀雄講演3『本居宣長(講義。感想ー本居宣長をめぐって)』(新潮社・2004刊行、1978年8月講義))

CD・小林秀雄講演8『本居宣長の学問』(新潮社・2010刊行、1965年講演)

CD・小林秀雄講演8『勾玉のかたち』(1967講演)

を聴き終えました。

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葛飾北斎の生涯と作品を要領よく知ることができました ~永田生慈『葛飾北斎の本懐』

 はじめに、5月文楽公演、「加賀見山旧錦絵」の〈予習〉は、3月の記事にあります。

 http://kandoujin.blog48.fc2.com/blog-entry-736.html 


 さて、前回、平田篤胤の思想の片鱗をかきましたが、ほぼ同じ年代の葛飾北斎(1760ー1849)に関する新刊を読みました。

永田生慈 『葛飾北斎の本懐』(角川選書・本年3月刊)

です。

 「日々研鑽勉励して百数十歳の後に、斯道の改革を願った」のが、葛飾北斎(1760ー1849)のが「本懐」とし、その生涯と作品をコンパクトに辿った書物です。

 勝川春朗(20~35歳頃)→ 俵屋宗理(36歳頃から2年間ほど)→ 葛飾北斎(46歳頃から)→ 北斎戴斗(51歳頃から)→為一(60歳頃から74歳頃)→ 画狂老人卍(75歳頃から90歳頃)、の代表作品が要領よく解説されているのが役立ちます。

 北斎の晩年は、飯島虚心(1841ー1901)の『葛飾北斎伝』を元にして、「本懐」を探りますが、特段、新しい主張では無いように思えます。正直言えば、期待外れ。

 それにしても、「北斎漫画」だけでなく、絵手本3900余図や、「百人一首うはかゑとき」などの作品をきちんと見てみたいものです。
 また、北斎の小説が、このところいくつか出ていますが、多分、飯島虚心『葛飾北斎伝』がタネになっているのでしょうが、独創的な物語にしてほしいものです。

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平田篤胤らの思想を通じて、散歩していても、日本の神や神社に興味を持つようになりました。

 暑からず、寒からずで、直射日光の下の散歩が、心地よい時期です。
 この日、散歩の途中で、入手した本は、

永田生慈 『葛飾北斎の本懐』(角川選書・本年3月刊)

です。
 ところで、余談ですが、春からは、豆類の好きな私にとって、グリンピース、空豆、枝豆・・、と食卓が楽しい時期でもあります。特に、子どもの頃から、グリンピースの天ぷらが大好きなんです。

 さて、TBS-TVの〈プレバト〉というバラエティー番組(木曜日7時)の、夏井いつき(1957ー)さんが俳句を添削するコーナーで、《黄泉の国》と使った人がいました。

 普通なら、気にしないところですが、最近、・・別に、神道主義者ではありませんが・・国学の思想を読んでいるので、私自身の反応は違いました。今日は、そのようなテーマです。

 ・・という訳で、このところ続いている読書は、荻生徂徠、新井白石、本居宣長、と続いて、
平田篤胤(ひらた あつたね 1776ー1843)です。


子安宣邦 『平田篤胤の世界』(ぺりかん社)


 著者、子安宣邦(こやすのぶくに 1933ー)は、『宣長学講義』(岩波書店)を読んだばかりです。本書の前半は、その復習となります。

 平田篤胤は、本居宣長(1730ー1801)に1803年(享和3年)28歳の時に接して以来、その事実上の門人とも言ってよいので、両者の思想を、随所で比較することになります。

 平田篤胤は、本居宣長の「記紀」(古事記、日本書紀)解釈だけと違って、民衆が心配する〈死後の救い〉が、前面にでます。そこのところが、民衆に受けた所以ですが、国学識者からの批判、無視もあります。

 〈救い〉、ですから、救う〈神〉も、特徴があります。

 しかも、「記紀」からの解釈だけでは無くて、儒教的道徳論のスタンスや耶蘇教からの影響もある、神道神学的色彩の思想です。
 国学の大展開か、一般民衆化か、スキャンダルか、と意見が分かれましたが、新たな展開であることは否めません。

 例えば・・、
本居宣長は、救済を拒絶し、死んだら、伊邪那美命が赴く〈黄泉の国〉、そこは、邪悪な汚れた世界、に行きます。
新井白石は、魂は天に、肉体は土に行きます。(「鬼神論」)
平田篤胤は、霊は、地上に留まり、祖先を見守ります。(「新鬼神論」)
他にも、荻生徂徠の鬼神論(「弁明」)や
伊藤仁斎の鬼神論(「語孟字義」)などもあります。

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仙台で買った《伝統こけし》と、耽読した、本居宣長の国学と歌論の、子安宣邦『宣長学講義』のまとめです



 まずは、仙台と秋保(あきゆ)温泉で買った伝統こけしのお話です。
 もともと、〈伝統こけし〉収集は、妻の趣味ですが、脇から見ていて、私も〈参加〉しだしたものです。

 写真は、今回、仙台、秋保温泉で入手した「伝統こけし」、9本です。少し、工人をご紹介しますと・・・、

ご年輩、ご逝去された方は、
左から3本目、佐藤忠(1932ー 青根温泉系)
同5本目、渡辺鉄男(1937ー 土湯系)、
同6本目、佐藤賀宏(1936ー2015 鳴子系・秋保温泉育ち)

新しいところでは、
左1本目、佐藤武直(1975ー 遠刈田系・秋保温泉系)
左4本目、高田稔雄(1973ー 弥治郎系)

珍しいところでは、大井沢湯殿山神社宮司さんの
左から8、9本目、志田菊宏(1959ー)

などです(敬称略)。

 次は、このところ耽読していた書物のお話しです。
 この文章は、縦書きしたいものです。


子安宣邦(こやすのぶくに 1933ー)『宣長学講義』(岩波書店)


 本居宣長(本居舜庵)の、古道学としての国学、に関する理論の、分かりやすい書物です。
 おそらく、この位の知識を概観しておかないと、小林秀雄『本居宣長』など、理解できないでしょう。

 逆に、この書物を読んで、「万葉集」、賀茂真淵、荻生徂徠、平田篤胤がつながって、それらを読んでいく意欲が出ました。
 さらには、能、文楽などの鑑賞にも有益な知識となります。

 また、日本の「」のこと、その字は、漢字(当然ですが、中国から伝わったものです)の《神》を当てて表現されていますが、それによって想う《神》では無い《かみ》(迦微と書かれた記録もあります。)・・持って回った説明ですが、中国からの漢字は、当然、中国の思想が底流にある字ですが、そうでは無い、日本のカミ、のことで、このことは、後程、多少補足説明します・・、
 または、現代の神道教義とは異なる《かみ(神)》、にも興味が強くなりました。
 そのような意味から、「神社」にも、ある種の強い興味をそそられることになりました。

 本居宣長は、漢意の儒教や仏教が伝わる前の、純粋な、古(いにしえ)の意(こころ)と言(ことば)を持って、天地の始めからを理解しようとします。

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仙台から帰って参りました ~秋保温泉で、のんびり4日間を過ごし、〈こけし〉もたくさん買いました。



 東京地方は、異例の〈真夏日〉だったようですが、この期間中、私は、仙台の〈奥座敷〉と言われる、秋保(あきゆ)温泉で、のんびり過ごしていました。
 外出時は、全国的な風雨の影響も無く、晴天ばかりの運の良さでした。

 宿は、「ホテルクレセント」。温泉地には珍しく、夕食のレストランは、ドレスコードがあって、浴衣では行けません。それほど大きなホテルでは無いので、外国人の団体なども見かけません。
 食事も、温泉も、良い宿でした。気にいったので、定期的に行こうと思っています。

 滞在二日目は、歩いて約30分ほどの「秋保 工芸の里」【写真は、9軒の工芸店の全景です】にこけしを買いに出かけました。
 さらに、翌日は、ホテルのバスで仙台に出て、以前にも訪れた〈しまぬき本店〉で、こけしを買い、続いて〈カメイ美術館〉に行って、こけし展示を見て、売店にあった中古こけしを買いました。ここでも、以前、古いこけしを買ったことがあります。

 ランチは、〈伊達本店〉で、牛タンを食べました。仙台に来たら、ここ、と決めています。その後、文学館に行きたかったのですが、疲れたので、ここまで。歳、には勝てません。
 
 今回は、6本のこけし・・・だったかな・・、をゲットしました(まだ、包みを解いていません。)ので、後ほど、写真をアップします。
 
 読書は、子安宣邦(こやすのぶくに 1933ー)『宣長学講義』(岩波書店)。
 本居宣長(本居舜庵)の、〈歌の学び〉から〈古への道の学び〉を概観して、実に、有益です。最初に、本書を読んで正解でした。
 この本のご紹介も、いずれします。★

読書で、江戸時代の武士の閉息感を感じつつ、一方、文楽、TDS、夏休みの予定を決めて、一挙、予約完了しました。

 孫の入学式は、晴天。学習院初等科。新入学した孫の教室は、かつて、その母が学んだ教室だそうです。

 承前・・。
 前回述べましたが、家に籠もって、まずは、新井白石(1657ー1725 幼名・新井伝蔵、別名・新井勘階由)についての伝記小説を2冊、読み進んでいます。
 ちなみに、白石の俳句の号は、〈桐陰(とういん)〉です。

 一冊は・・、
 角川書店のPR誌「本の旅人」、昨年(2016年)12月号から連載が始まった、
 佐藤雅美 『火の鬼』

 もう一冊は・・、
 藤沢周平 『市塵(しじん)』(講談社)

 前者、「火の鬼」の題名は、白石が、〈明暦の大火〉(1657・3・2) の直後に生まれたことから〈火の児〉と言われたとか、眉間に火の字を思わせる皺(しわ)があったからとも、あるいは、性格が〈火〉のように激しいことからのようです。

 両書とも、当然ながら、「折たく柴の木」を多く参照しています。

 ただ、前者は、まだ、始まったばかりからでしょうか、きっちりした白石の経歴の表記で、そこのところ、一度では、すっと、頭に入らない詳しさがあります。毎月の連載ですから、繰り返し読むのに、ちょうど良いのかもしれません。
 後者は、鶴姫の死から始まり、要所、要所に経歴を入れこんでいます。冒頭から、人物が生き生きと動き回ります。 

 さて、同時に、平行して、手を出して、読んでいる書物が、

子安宣邦(こやすのぶくに 1933ー)『宣長学講義』(岩波書店)

原信田実(はらしだみのる 1947ー2007) 『謎解き広重「江戸百」』(集英社新書)

です。
 ・・というように、読書に夢中で、ブログ・アップに間が空いてしまいました。

 しかし、このところ類書を読んで感じるのは、江戸時代の武士の閉息・抑圧感。

 身分制度(原則、で職は決まっており、また、跡継ぎ以外は公職につけず、跡継ぎであっても父が隠居しなければどうしょうもない。後は、朝早くから職を求めての〈逢対(あいたい)〉など)、

政治制度(200年経ても幕府の編成は軍団のまま。それに、譜代、旗本は、そのまま。)で、
おまけに、子どもは死亡率も高く(白石の姉弟4人も、3歳、3歳、19歳、18歳と、皆死んでいます。)まさに、生きるのが大変な時代です。
 職なく、貧しい武士は、学問しか道がなかったのかも。

 むしろ、同じく大変な世とは言え、庶民は、人形浄瑠璃、歌舞伎などを生み出したのは大したものです。

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新年度の読書は、荻生徂徠、新井白石、そして本居宣長など、江戸の学統の伝記小説からスタートです。まずは、佐藤雅美『知の巨人ー荻生徂徠伝ー』から。

 定期購読している書店のPR誌に、角川書店の「本の旅人」があります。
 その、昨年(2016年)12月号から、佐藤雅美「火の鬼」が連載されています。
 その時は、ちょっと面倒くさそうで、読まずにスルーしていたのですが、作者・佐藤雅美(さとう まさよし1941ー)の名が頭に残っていて、

佐藤雅美『知の巨人ー荻生徂徠伝ー』(角川書店)


を、先日から読み出したのです。
 すこぶる面白い。それに、読みやすい。

 このところ、しばらく、江戸の下級武士の物語ばかりを耽読していましたが、今度は、ほぼ同じ時代を、えらく広いスケールで見られる小説に邂逅しました。


 古学(古文辞学派)の、荻生徂徠の一生の伝記です。
 漢文を、従頭直下(しょうとうちょっか)、つまり、頭から下まで、返り点や捨て仮名に頼らずに、まっすぐに読む、しかも、和訓ではなくて、訳文の学が特徴です。


 分かりやすく言いますと・・、
「過則勿憚改」は、
「過テバ則チ改ムルニ憚ルコト勿【なか】レ」では無くて、
「しくじったらやりなおしにえんりょするな」
と訳します。

 
 将軍・綱吉から家継の時代を俯瞰し、伊藤仁斎(古学・堀河学派)、新井白石(朱子学・京学)らとの、気持ちのわだかまりが、実に、読みやすく描かれています。
 それに、各学派の説明や、漢文調の格言っぽい名文が頻出して、タメにもなります。

 ・・老年の表現も、
「心のままに老いをやしない」とか、
「顔色老いたり、然(しこう)して予多病善く臥す」とか、
「行けば則ち鴻雁(こうがん)の歩【ひしくい、かり、のようなよたよた歩き】、遠きに致すあたわず。」
・・などボキャブラリーが増えますよ。 


  で、先ほどの、「火の鬼」。こちらは、徂徠と仲のあまり良くなかった新井白石の伝記小説です。
 徂徠と白石は、裏腹のネタで書かれるのでしょうね。
 あわてて、書架から、直近の4月号まで、5冊を揃えました。

 白石の物語は、藤沢周平の「市塵(しじん)」(講談社文庫)もあります。これも読もうと思っています。

 その次は、国学の本居宣長。江戸の思想家と、少しぐらいは、その人の著書を時間をかけてカジってみようと思っているのが、近時の読書計画です。これでまた、運動不足になりそうです。★

春、四月。孫たちは、新入、進学です。孫たちの影響で、手を付けた趣味もあります。歳とっての新しい経験は、幾つもの付帯収穫も得られ、価値があるものです。



 写真は、写真館での孫たち。新学期からは、姉は、学習院初等科3年生、弟は、同新入生の1年生。
 弟の体格が良いので、双子とも思われるときもあります。

 ところで、孫たちがいたおかげで、私が興味を持ったのが、《百人一首》と《将棋》。

 《百人一首》は、昨年の、5月頃から、就寝前など、折りにふれて読み、覚える努力をして1年経ました。
 カルタの実戦は、まだ、ですが、歌自体は、我が寿命までに何とか、と思っていたのが、1年で、一応、モノになりました。

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陽気に誘われて、「すみだ北斎美術館」に行きました。その後の、アサヒビール本社のレストランは絶景でした。

 〈BS日テレ〉「ぶらぶら美術・博物館」(毎金曜日20時から)で、「すみだ北斎美術館」の入場券が当選して、頂いたので、暖かい陽気に誘われて、妻と出かけました。
 残念ながら、期待した桜は、少し早かった・・・のですが。

 企画展は、ピーター・モースと楢崎宗重の北斎コレクションの特別展示です。この蒐集内容には、感嘆させられました。

 この美術館は、昨年、11月にオープンして、評判は、さまざまにネットに記されていますので、改めては書きません。
 私が、穿っているかもしれませんが、感じたのは、きっと、区立の美術館は、数年たつと、入場者が、随分と閑散とするのではないか、そうすれば、その時こそ、この設計が生きて来る、と想定しているのではないか・・、と思わず考えてしまった、ような設計です。

 それに、絵が傷むので、「常設展示」はレプリカだそうですが、いくら精工でも、これは、どうかと思います。
 それなら、家で、美術集『浮世絵聚花』を見ていたほうが良いかも、とも言えるのですが。

 しかし、まあ、北斎と三女・栄(号は、応為)の人物模型は、実に良く出来ています。
 たまに、筆を持った手がわずかに動くのですが、近くで見ていたご婦人2人・・、
「あっ、今、動いたよ !?」
「何言ってんの。あんたが、うごいたんでしょ。」

 それに、デジタル機器類は、最先端の技術のようで、「北斎漫画」など、一見に値します。いっそ、この技術を、ネットで公開してはどうか、と思います。

 機会があれば、応為の展覧会をしてほしいものです。


 さて、鑑賞のあとは、墨田区巡回バス〈すみまるくん〉で、吾妻橋の近くに出て、アサヒビール本社、22階の、同社直営店〈ラ・ラナリータ〉で、ランチ・コースを食べました。
 角、2面ガラスの窓際席で、スカイツリーや隅田川を行く船を望みながら、ワインを飲みながらの、2時間のフルコースは、絶品でした。★

花粉症を避けて、「地図」で〈江戸市中〉を遊んでいます。

 なぜか、高齢者のファンが多いようですが、私も、今週から再開された、火野正平『こころ旅』(BS-NHK)を、毎朝夕観るようになりました。饒舌では無い、静かな画面が気に入っています。

 さて、花粉症に神経質になって・・本音では、読みたい本があると、あえて表に出たくない、という、運動嫌いなタチなんですが・・近くの、中央図書館で、江戸の市街図を借りてきました。
 ついでに、江戸だけで無くて、同時代の、西日本の各藩内の詳細地図も、借りました。

 このところ、続けさまに、青山文平などの時代小説を読んでいて、一度、しっかり、江戸市中の地図、江戸時代の藩の地図を知っておきたくなったからです。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 芸術団体を「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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