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国立劇場・歌舞伎『名高大岡越前裁』 ~稀代の悪計に追い詰められる大岡忠相。ハラハラ、儲け役の池田大輔。珍しい、一度も大向こうから掛声がかかりません。さて、今日から、観劇後の食事は「帝国ホテル」のバイキングにしましたが、その感想も一筆書きます。

 昨夜来、やっと、少しだけ、冬らしくなって来ました。
 11月14日(水)11時から、永田町・国立劇場で、妻と、
 河竹黙阿弥(古河黙阿弥。文化13(1816)ー明治26)作、

歌舞伎『通し狂言 名高大岡越前裁 (6幕9場)』

(なもたかし おおおかさばき)を鑑賞しました。終演が、15時10分と、早いし、休憩がいやに多くて、細切れ感があります。

 本題名は、「扇音々(おうぎびょうし)大岡政談」で、初代神田伯山の講釈を元に書かれ、明治8(1875)年、新富座で初演されました。明治150年記念となり、かなり補綴されました。

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 余談ですが、歌舞伎専用劇場公演で、珍しかったのは、「~屋 ! 」と言った大向こうからの掛声が、あれは歌舞伎の華ですが、一度も聞こえなかったことです。
 大向こうさんのストライキみたいな感じ。
 映像でも撮影していて遠慮したのかな、それなら、余計に本末転倒です。
 それで、5幕が終わった時に、劇場スタッフに、「この芝居は、声をかけては駄目なんですか」と、皮肉では無くて尋ねたくらいです。「いや、みえてますけれど・・」との答え。

 今回は、舞台の仕掛けも無く、多少の山はあっても、基本的には平板で、淡々と理屈と会話ばかりが続きます。筋の為の芝居のようで、ご贔屓さん見物よりも、戯曲を楽むのを主眼としている私でさえ、芝居としては、やや面白くなかったのは、台本改変・補綴が巧くなかったのでしょうか。
 それに、そもそも、今時、「大岡・・」と言うのも、余程の新演出でなければ、最初から、ちょっと見に行くのを、心配はしていたんですが・・。そう言えば、来月の出し物も、「石川五右衛門・・」。どうしちゃったの、国立劇場。

 ・・・と、その前に、もう一つ、今回から、終演後のディナー・バイキングを帝国ホテルの「サール」にしましたが(写真は、入口です。)、先にそのお話を・・。

 ネットでは、「サール」は、100%ベタ褒めされていて、もの凄い評判です。
ドレス・コードは・・、などと気合いが入ったブログもあります。

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 しかし、私の感想は、一流ホテルでは、あれくらい「普通」で、どうして、ネットで、あんなに褒められているのか理解できません。(歌舞伎が面白くなかったので、八つ当たりしているのではありません。)

 ま、私は、帝国ホテル・桜の間での息子の結婚式の時に、最後の挨拶が心配で、ろくにお代わり出来なかったロースト・ビーフを、今回、3回お代わりして堪能し、また、アップル・パイは見事でしたが、・・それくらい。
 帰宅後、これから「サール」にするつもりで、既に、12月も予約してありましたが、コスパが良くないので、キャンセルしました。

 さて、本題に戻って、歌舞伎の話です。

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オペラ『コジ ファン トゥッテ』~ 「プレトーク」+「オペラ」+〈裏話満載〉の「フォーラム」、と約7時間を日生劇場で楽しみました。オペラ演出は、まさに、「転換可能な私たちの舞台」の趣で、動きも多いエンタメ舞台です。声楽では高橋薫子の声が良い。

 11月10日(土)14時から、日比谷・日生劇場で、
作曲・ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト(1756-1791)、
台本・ロレンツオ・ダ・ポンテ、による
ドランマ・ジョコーソ(愉快な劇=オペラ・ブッファ)、

『コジ・ ファン・ トゥッテ』

を鑑賞しました。
 会場で、久しぶりに演出家、粟国淳(あぐに じゅん)さんにお会いして、ご挨拶しました。氏は、今度、この劇場の〈技術参与〉に就任されました。

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 昔は、「コシ・ファン・トゥッテ」と言われ、粟国さんもそう発音されていましたが、今は、原音に近く発音し「コジ・ ファン・ トゥッテ」としています。
 初演は、1790年、ブルク劇場(ウイーン)です。
 今回は、演出上、『女はみんなこうしたもの』ではなくて、台本のように「コジ ファン トゥッテ あるいは恋人たちの学校」と言ったほうがよさそうです。
 観た席は、S席、1階最前列です。ところが、両隣以降5人、鑑賞マナーが最低で(計4回も出たり入ったり! 何度注意してもお喋りしたり、信じられないほどでした。招待客かな。 )

 今回は、オペラ鑑賞当初からのファン、高橋薫子と、近時注目している嘉目真木子が出演していますので楽しみにしていました。
 高橋薫子さんは、2011年11月に、「北とぴあ」で、寺神戸亮指揮・演出のバロック・オーケストラ公演で、同じデスピーナ役を演じていました。その時、ファンになったのです。今回も、最初の一声で、その艶のある良い声に感動しました。

 このオペラは、アンサンブル・オペラの頂点の作品と言われながら、初演後約200年間注目されなかったのは、2組のカップルの男性2人が、別人に化けて恋人の女性を誘惑して試す、という女性蔑視、軽佻浮薄と思われる内容だからでしょうか。
 しかし、リヒャルト・シュトラウスが認めて以来、現在では、「喜劇文学の珠玉の作品」とも、「無比の」作品とも言われています。
 オペラ自体のこのブログでの《予習》は、2011年7月21日付けで詳細に書いてありますので、是非、ご一読ください。

 さて、この日は、開演前12時40分から・・、
(余談ですが、劇場入り口には、12時30分に入場させるまで、ずっと「開演:13時00分」の看板が出ていたので、来場者が皆、戸惑っていました。不手際 !  私、チケット売り場の職員に看板のことを話すと、「心得ております」と。何を心得ているのかな。どうも、この日は最先が悪かった。)

・・演出・菅尾友×ドラマトゥルク・長島確の「ミニ・トーク」
があり、

・・さらに、終演(17時15分頃)後、一旦劇場を出て、再び18時半から(20時半過ぎ頃まで)は、同じホールで、主に若手舞台関係者向けという、
『日生劇場舞台フォーラム・オペラ「コジ ファン トゥッテ」転換可能な私たちの舞台』
が開催されました。

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 この「フォーラム」は、演出・菅尾友、美術・杉山至、照明・吉本有輝子、衣装・武田久美子、映像・山田晋平がパネリストで、司会は、新たに日生劇場参与になられた演出家・粟国淳(写真、左から2人目)さんです。
 この催しは、昨年までは、オペラ初日の前日に行われていて(で、いつもは、近所のホテルに泊まっていて、これも楽しみではありましたが。)、今年からは、公演後の夜となったものです。オペラ鑑賞後の連続は、ややキツいものがありますが、粟国さんが出られるのでは見逃せません。
 実際、粟国さんは、演出家なので、司会、質問が水際立って巧い。収穫です。
 余談ですが、オペラ後、フォーラムまでに、慌てて、近くの〈フレッシュネスバーガー〉を食べましたが、バーガーもポテトも、失礼ながら〈マック〉よりも、実に美味しい。

 さて、肝心なオペラのお話しです。

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『ムンク展』を鑑賞して、記念に、〈叫び〉のコケシを買いました。

 「えっ、今日は何曜日だったけ !」と、休日かと思うほどの人出の上野公園でした。久しぶりの秋晴れだからでしょうか。
 妻と、東京都美術館に行って、

『ムンク展 共鳴する魂の叫び』

を鑑賞しました。

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 いきなり〈土産〉の話で恐縮ですが、最後に、ミュージアム・ショップで、ムンクの〈叫び〉を模したコケシを買い求めました(13,800円)。(写真は、我が家のこけしです。)
 れっきとした、宮城県鳴子温泉の桜井こけし店のものです。

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 さて、会場は、適度の混雑で、冷房もすこぶる効いています。
 予め、エドワルド・ムンク(1863-1944)の書いた

『エドヴァルト・ムンク 自作を語る画文集』(八坂書房)

などを熟読していますので、音声ガイドなどは無用です。

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 ちなみに、一番押さえて置くべきポイントとなる、
《生命のフリーズ》ですが、
 もともと〈フリーズ〉とは、古代建築の柱頭の上にあるエンタプラチュア部分が、上から、コーニス、フリーズ、アーキトレーブから構成されたそのフリーズを言いますが、
 ここでは・・、〈フリーズ〉の装飾の様に、幾つかのテーマによって結び合わせようとするもの、シリーズや連作の意味で使われています。生と死が、愛や不安その他の葛藤を通じて円環にまで高められています

 1902年(ムンク39歳)の「第5回ベルリン分離派展」では、《フリーズ:生のイメージの連鎖》として、4つから構成されました。つまり・・、
① 愛の芽生え・・「マドンナ」、「星月夜」、「キス」などの作品
② 愛の開花と移ろい・・「メランコリー」、「女の三相/スフィンクス」など
③ 生の不安・・「叫び」、「赤い蔦」など
④ ・・「病室の死」、「転生」など

 これを押さえておくだけで理解が随分違います。
 この展覧会の絵は、自画像が随分多いですが、有名な絵は一通りあります。ただ、私の期待していた、1885年の「病める子供」は無くて、1894年のリトグラフだけです。
 呼び物の ?「叫び」を観て、実際の色調に感じるところが大きかったです。余談ですが、男性警備員の「先に進んでください」が喧しい。

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本の雑誌編集部『絶景本棚』(本の雑誌) ~蔵書に囲まれた羨ましい生活に魅入られました。私の書棚から、昔の同じような本も探し出して来て、しばし、感慨に耽りました。

 昔から、〈書斎〉に憧れています。
 そこで、どうも昔から、こういう本が好きです。今回は、

本の雑誌編集部『絶景本棚』(本の雑誌)

です。

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 「今回は」・・、と言うのは、私の書棚を探すと、1978(昭和53)年刊行の
『私の書斎』(全4巻・地産出版株式会社)
や、1966(昭和41)年刊行の、
『本棚が見たい』(ダイヤモンド社)
と言った書物があるからです。

 前者は、向坂逸郎から渡辺昇一まで、53名の書斎の写真、
後者は、筒井康隆から秋元康まで、23名の書架の写真が写っています。

 因みに、現在60歳、AKB48のプロデュースで有名な、秋元康さんの取材は、1990年12月、32歳の時に行われています。
 本を、〈ピン・ボール〉のピンに、ご自分をボールに例えて、ボールを弾いてピンに当てる例えで、乱読・多読を述べられておられます。

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トレイシー・シュバリエ『真珠の耳飾りの少女』 ~仮説の世界から味わうフェルメールの世界。フェルメールがますます近しくなる素敵な書物です。

 ムンクに続いて、これも、今、展覧会が開かれている(「上野の森美術館」。来年2月3日まで。)ヨハネス・フェルメール(1632-1675)に関する書物(小説)を読みました。
 やはり、新刊ではなくて、2000年刊行の、

トレイシー・シュバリエ『真珠の耳飾りの少女』(白水社)

です。

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 2003年に映画化もされています。それ以降、「ターバンの少女」では無くて、「真珠の耳飾りの少女」でよばれるようです。
 読書中、座右には、おなじみの新潮美術文庫 13「フェルメール」を置きました。絵を観ながらの読書です。

 フェルメールの絵は、世界に35作品しかありませんし、日記などの類いも無いので、全く謎です。
 それをこの女流作家は、周囲を丹念に調べて、小説にしました。
 謎のところは、仮説、作家の解釈ですが、実に、良く描かれていて、そこから、一つの〈フェルメールの世界〉に浸れます。

 この小説のミクロの絵画世界と、17世紀の、北部オランダ・カルヴァニズムの影響ある絵画の、例えば、絵画のパトロンは、市民であったなど、マクロの絵画世界を知っていれば、フェルメール作品の鑑賞は、格段に楽しくなること請け合いです。

 物語は、フェルメール家に女中に入った、16歳の少女、フリートが主人公です。
18歳の時、「真珠の耳飾りの少女」(「ターバンの少女」とも。)のモデルとなります。勿論、著者の解釈です。先日(2日)、フジテレビの特集番組では、長女がモデルであるという説もありました。因みに、同番組には、本書の著者トレイシー・シュバリエも主演していて、自説を主張されていました。

 舞台は、オランダの港町デルフト。1664年。
史実では、フェルメール32歳。小説の主人公・フリート16歳です。

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エドワード・ドルニック『ムンクを追え!』 ~盗難にあった《叫び》を追う、囮捜査官の実録で、面白い。《ムンク展》を観る前に、興味が出て、読み終えました。

 新刊では無く、2006年の本です。
 先頃、上野の東京都美術館で《ムンク展》が始まり(2019年1月20日まで)、ずっと、ムンクの事が頭にあって、古書店で、この本を見つけた時、すぐ買ってしまったわけです(〈新品同様〉で、1,700→500円。)。

エドワード・ドルニック『ムンクを追え ! 』(光文社)

 実は、もう二冊、ムンクとフェルメールの本もあるのですが、それは、後日アップしてお話しする機会があると思います。

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 本書によると、絵画の盗難は、まず、有名な作品から狙われるそうです。
 しかし、有名な作品が狙われるのは、盗難に限らないようで、本書の原題は、「THE RESCUE ARTIST」ですが、「ムンクを追え」とムンクを前面に出した邦題になっています。 内容は、多くの他の美術盗難事件も俎上にのっていて、「美術囮捜査官の活躍」と言った趣です。

 因みに、〈叫び〉は、叫んでいるのでは無くて、叫びを聞かないようにしている説が有力とか。ムンクの手記からもそのようにうかがえます。
 10月末から、テレビ朝日、高田純次『じゅん散歩』(9時55分から)で、数日間オスロを訪ねていて、「叫び」を描いた丘の上の道(橋ではありません。)や、ムンク美術館などを観ることが出来て、参考になりました。

 ムンクの《叫び》盗難事件は、1994年2月12日払暁に発生しました。
 因みに、ムンクの《叫び》は、世界に4枚あります。盗まれたのは、ノルウエー国立美術館のムンクで、厚紙に、テンペラ(ポスターカラー)、パステル、チョークで描かれています。驚いたのは、裏面が没になった描き損じであることをこの作品で知りました。
 実行犯は、元プロサッカー選手の犯罪者・ポール・エンゲルと18歳のウィリアム・アースハイムの二人です。

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『三国志」を読もうと思います。 〜 さて、小説は、どの作者の作品を選んだか。 まずは、〈外堀〉から埋める意味で、「史記」の時代から把握して、「三国志」に入っていきました。

 このところ、秋の美術展に平行した読書が多くなっていますが・・次回以降アップしていくつもりですが・・、もう一つ、少し前に読んだ、顧蓉、葛金芳『宦官(かんがん)』に続いて、「三国志」の小説を、時間をかけて、ゆっくり読んで行こうとも思っています。
 さて、どのテキストを選んだか、です。関連して、三国志予習のお話もします。
 結論から、言って、2004年刊行・・余談ですが、ムンクの絵画『叫び』が盗難された年です・・の、正史サイドの、

宮城谷昌光『三国志』(12巻)

にしようと思っています。

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北方謙三『三国志 (全13巻)』(角川春樹事務所)
吉川英治『三国志 (全8巻)』(講談社)

も迷いましたが、揚震(ようしん。54-124)の、「四知」、つまり、天知る、地知る、我知る、汝知る、から始めているのも気にいりました。

 三国志の小説は、
正史「三国志」(3世紀後半、陳寿〈233-297〉が、魏サイドから書いた、65巻の正史)
と、
正史「三国志」の注釈(5世紀、南宋の文帝〈407-453〉の命で、裴松之〈はいしょうし 372-451〉が書いた)
を基に書かれた歴史正史と、

「三国志演義」(元末から明初期の14世紀に、羅貫中〈らかんちゅう 1330-1400〉が、蜀の劉備〈りょうび〉を漢王朝の後継者の立場として、フィクションが3割ぐらい混じって写本として伝え、1522年に刊行されました。)の歴史小説があります。

「三国志演義」は、日本では、「通俗三国志」(元禄2〈1689〉)、葛飾戴斗(葛飾北斎の弟子)の挿絵付きの「絵本通俗三国志」で紹介されています。

 あらかじめ読んだ、読んだ、また、読んでいる〈参考書〉は、
山口直樹『図説 「史記」の世界』(河出書房新社)
から始めました。
 史記は、司馬遷(宮刑を受けて宦官)の書いた中国史上初の正史です。24ある正史の一つです。

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澤田瞳子『龍華記』 ~「怨みは捨ててこそ息む」。源平戦乱の世に、「諍い」の連鎖を絶つことに目覚めた主人公の生き方、孤児救済などを、興福寺復興を背景に、大きなスケールで描いています。

 今日は、この小説で、「秋の虫が集(すだ)き始める」という表現等を学びました。
 この本は、3日で読み終えました。面白かった。

澤田瞳子『龍華記(りゅうかき)』(角川書店)

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 澤田瞳子(1977-)作品は、「若冲」(2015)、「火定」(2017)などを読んでいますが、本書は、9月刊行の最新刊で、どちらかと言えば、パンデミックを描いた「火定」に近い作品です。
 作者は、同志社大学大学院博士課程前期修了と、最近、多い、学識を学ぶ女流作家の一人です。本作品も、史実である、〈山田寺〉(奈良県桜井市)に、興福寺の悪僧が押し入って、本尊・薬師三尊像を強奪して、薬師寺東金堂の本尊に据えることで終わっています。

 むしろ、薬師三尊像は強奪されたのでは無くて、主人公・範長が、差し出した、と言うのが本当でしょう。廃寺で朽ち果てるよりも、興福寺に祀ってもらう、それに、本書の大きなテーマである、諍(いさか)いの連鎖を断ち切る、「怨みは捨ててこそ息む」心底がありました。

 本書は、源平合戦と僧兵(悪僧)の跋扈(ばっこ)する戦乱の世を、今までに無いほど入念に描き、その中で、どれをも是非と断定しない、様々に生き方に悩む登場人物を適時に配置して、読みやすく、スリリングな物語になっています。

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オペラ『アイーダ』(4幕) ~やはり素晴らしいバッティストーニ。格段に成長して貫禄が出て来た清水華澄。いきなり引き込まれた情感豊かなモニカ・ザネッティン。迫力あるバレエと・・文句なく楽しめた公演でした。

 よほど会心の出来だったのでしょう、清水華澄
2度目のカーテンコールで、舞台床に、えっ、何、正座するの ? と思ったら、床をポンポンと、叩き、会心の笑みでした。

 このオペラ、当初、10月上旬に、札幌文化芸術劇場のこけら落とし公演で、バッティストーニ指揮で、ファンである清水華澄の「アイーダ」公演があると知った時に、是非観たい、「行くか・・」と思っていましたら、神奈川公演もあったのです。良かった。

 20日(土)14時から、神奈川県民ホールで、ローマ歌劇場との提携公演(新製作)、

オペラ『アイーダ』(4幕)

作曲・ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)、初演:1871年カイロ、
を観ました。
 席は、S席、1階最前列です。

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 この日は、横浜に行ったら必ず買う、「喜久屋」の〈ラム・ボール〉を買いました。

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スタッフは・・、

指揮・アンドレア・バッティストーニ
=東京フィルハーモニー交響楽団、二期会合唱団
演出・ジュリオ・チャバッティ
(原演出・マウリツィオ・デイ・マッティア)
装置・アンドレア・ミーリオ
照明・パトリツィオ・マッジ
衣装・アンナ・ビアジョッティ

 やはり、アンドレア・バッティストーニ。
激しく首を振る指揮ぶりで、オーケストラを見事に鳴らせます。かといって、声楽陣を妨げない、繊細さ。凄い指揮ぶりです。
(どうでも良いのですが、「イル・トヴァトーレ」以来2年ぶりにお見受けして、随分、太られたのでは。)

 余談ですが、オーケストラ・ピットの中を見ると、激しい金管楽器が多いせいか、弦楽器奏者の脇には、いろいろな種類・大きさの、透明プラスチックの遮音板がありました。始めて見たので、脇の方とひとしきり会話が弾みました。写真を撮ろうとしたら、会場整理のおねえさんに止められました。

 装置では、4幕第2場の、 上部の、黄金に輝くウルカヌス【火の神】の神殿内部と、下部の、地下室の2段に分かれているところの舞台装置が、やや曖昧で分かりにくいとも思えましたが。

声楽陣・・、

アイーダ・モニカ・ザネッティン
ラダメス・福井敬
アムネリス・清水華澄

 繰り返しますが、アムネリス役の清水華澄が、格段の成長、上出来で、〈貫禄〉すら感じました。
 この役は、たしか、2011年に、粟国淳さん(この方も、私は、ファンです。)演出で、アムネリス役だったのですが、東日本大震災の計画停電で、神奈川公演が中止になったのでしたね(びわ湖ホールは上演)。いまだに残念に思っています。

 以来、私が観た、「メデア」、「ドン・カルロ」、「イル・トヴァトーレ」、「ローエングリーン」、「ルサルカ」・・で実力を重ねて来られましたが、今回は、主役級で、しかも、若いながら、〈貫禄〉がついてきました。これからが、ますます楽しみです。

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国立劇場・歌舞伎『通し狂言 平家女護島』 ~〈通し〉を生かし、スペクタクルや大立廻りもある、芝居の面白さに満ちた演出です。芝翫・成駒屋が、清盛、俊寛二役の独断場。新悟・大和屋の千鳥にも存在感がありました。

 秋の国立劇場歌舞伎公演が始まりました。
 余談ですが、与謝蕪村は、家中で芝居に行かれてしまって、一人残された気持ちを「俊寛已来のあはれ」、と嘆いています。今日は、その《俊寛》が出し物でした。

 10月17日(水)正午から、近松門左衛門、67歳の作、

『通し狂言 平家女護島』
(へいけ にょごがしま)
・・パンフレットには、《へいけにょごのしま》とルビが振られていますが・・を鑑賞しました。

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 国立劇場は、1日1演目、「見取り」なしの「通し」公演が主で、歌舞伎座よりも〈本格〉が観られます。
 今回も、歌舞伎座なら、恐らく、「鬼界ケ島(俊寛)」だけの〈見取り〉公演だったでしょうが、〈通し〉を生かした演出で、廻り舞台全面を生かしたスペクタクルや、大立廻りも取り入れられた、芝居らしい、面白さに満ちた歌舞伎でした。

 《女護島》とは、原作三段目「朱雀(しゅしゃか)の御所は女御の島」に由来している、女性だけの島で(伊豆の八丈島と言われたこともありますが、勿論、実在しない島です。)、今回は登場しませんが、三段目、義朝の妻だった常磐御前が往来の男を引き入れては、色仕掛けでたらし込むことからこの名題があります(実は、非行では無く、源氏の徒党を募っていたのですが。)。

 元は、秀頼の妻だった千姫が、後年、「吉田御殿」に住んで、男と見れば「二階から」、「鹿の子の振り袖で」招いたという俗説からのものと言われますが、これもそうでは無くて、三河吉田の郭の話だと言われます。 
 今回は、初段・東屋(あずまや)、2,3段目・千鳥(ちどり)の女性主人公で話が進みます。

 近松は、平曲と能の物語を、成経と島の海女・千鳥の恋を入れ、それが、俊寛の都の妻を想って島に残る伏線となっていることや、俊寛が島に残るについて「凡夫心」を捨てられないなど、庶民に取っつきやすい物語にしました。まさに、近松の面目躍如と言った物語になっています。

 初演は、人形浄瑠璃で、享保4年(1719)です。
 因みに、私は、文楽を、平成29年2月に国立劇場で観ています。
 なお、今年は、平清盛の生誕900年に当たります。また、この公演は、芝翫襲名後の初公演となります。

 〈通し〉(因みに、23年ぶり)ですから、《喜界ヶ島の場》(第二幕)の前に、《六波羅清盛館の場》(序幕)があり、後ろに、《敷名(しきな)の浦磯部の場》(第三幕)、《同御座船の場》(第三幕)があり、妻・東屋を想う俊寛の心情など、物語が良く理解できます。それに、演出も工夫されています。

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孫の応援に、学習院初等科・運動会に行きました。帰りには、向かいにある、迎賓館・赤坂離宮を見学しました。

 やや肌寒い、13日(土)、2年生と4年生の孫たちが通っている、学習院初等科・運動会に、朝9時から15時近くまで「応援」に行きました。

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 2年生の男の子は、〈だるまはこび〉、〈かけっこ〉、3年生との〈フォークダンス〉。4年生の女の子は、〈十字綱引き〉、〈初等科ソーラン節〉、〈短距離走〉。
 〈初等科ソーラン節〉は、テンポの早い編曲に、衣装、振り付け共に見事なものでした。
 保護者席も、椅子が置かれていて、楽に観ることが出来ました。
 5,6年生の〈騎馬戦〉は、なかなかの迫力。保護者参加の〈玉入れ〉は、運動場に溢れんばかりの参加数。紅白の玉より多いんではないの、というほどでした。
 私は、気づきませんでしたが(私のすぐ前だったそうですが)、お忍びで、皇室の卒業生がSPとみえていたそう。

 孫たちの出番が終わって、少し早めに失礼したら、向かいの迎賓館・赤坂離宮に人が次々入って行くので、巡視の人に聞いたら、見学日とのことで、折角ですから、内部を見学してきました(入場・1,500円)。入るに当たって、なかなか厳重なセキュリティ・チェックがありました。

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 日頃、ニュースで見る、国宝の、玄関ホール~中央階段、首脳会談・記者会見場(朝日の間、彩鸞【さいらん】の間)、晩餐会場(花鳥の間・羽衣の間)・・など実際に見られたのは収穫でした。

 夜、オペラ「アーダ」を土曜日に観るので、ミラノ・スカラ座でのシャイー指揮のDVDを観ました。ラダメス役のアラーニャが、観客のブーイングに怒って帰ってしまった公演は、この3日後です(2006年12月)。今週は、歌舞伎にも参ります。★

午前は、ジョルジュ・ルオー展、午後は、ゴッホの新作ドキュメンタリー映画『新たな視点』を観て、気づいたのは、戦争や貧困への厳しい眼差しです。

 まずは、午前中。10時から、
パナソニック汐留ミュージアム(新橋)で、
『ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ』、を観ました。
 この美術館は、〈ルオー美術館〉と言えるほど、ルオー作品の収集・研究に熱心ですが、今回は、〈開館15周年〉特別展です。
 また、常設展示室には、新たに購入したルオー作品が、厳重に、ウインドーに入れられて公開されています。

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 午後は、歩いて10分ほどの、
「東劇」(東銀座)・・ここは、11月から「METライブヴューイング」を上映する館です・・で、長編ドキュメンタリー映画(90分)、
『アート・オン・スクリーン フィンセント・ファン・ゴッホ:新たな視点』
(プロヂューサー・フィル・グラフスキー)を観ました。
 平日なのに、びっくりするほど入場者がいました。
 ゴッホ(1853-1890。自らは、〈フィンセント〉と呼ばれたかった。)の生涯と作品を描きますが、何人ものキュレーター(学芸員)たちが、〈新たな視点〉で語る見所があります。

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 「2つの展覧会・映画を観ました、感動しました」・・だけでは、子どもの作文です。
 鑑賞した夜半に、ブログの下書きをして、「さて・・」と想っている翌朝、朝風呂に入っている時に、2つの感想が、総合されました。

 ルオーの戦争や貧困批判、それに、ゴッホ若い頃の、炭鉱での宣教師経験からの貧困批判
と、共通するものがありました。
 《モデルニテ》。現代性、時代を超えて訴えるものです。

 その後、カトリックであるルオーは、信仰から神に近づきプロテスタントであるフィンセント(ゴッホ)は、一心に働く(絵に打ち込む)ことで、神に近づきました。

 さて、今回も、鑑賞に先立って、かなり前から、夜、寝床で、毎日、『新潮美術文庫』で、ジョルジュ・アンリ・ルオー(1871-1958)を〈予習〉していました。しかし、実際の絵を観て、本当に、良かった。
 厚塗りされた絵の具や、タピストリー作品(《聖顔》(1937))は、直に、作品を観なければ分かりません。それに、《ミセレーレ》(慈愛)の精神性には心打たれました。

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東京国立博物館『マルセル・デュシャンと日本美術』 ~想像に戯れ、真の作者は、鑑賞者であることを想いました。

 小雨の降る、5日(金)。永田町にある約30年来の理髪店に行き、その後、
上野の東京国立博物館・平成館で、

アンリ・ロバート・マルセル・デュシャン(1887-1968)の展覧会

を観て来ました。

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 隣会場の「京都 大法恩寺 快慶・定慶のみほとけ」展は、盛況ですが、こちらデュシャン展は、一般には、あまり馴染みの無いせいか空いています。
 私も、小崎哲哉『現代アートとは何か』を読んでいなければ、見落としていたでしょう。

 今回、観るに当たって、さらに、『新潮美術文庫 49 デュシャン』(新潮社)、で〈予習〉していったのですが、同書に掲載されている代表作は、大半、観ることが出来て堪能しました。
 もっとも、第2部「デュシャンの向こうに日本が見える」は、いかにも、デュシャンだけでは入場者数不安なので・・という潜在的意図が見えて、蛇足、無用の感がしました。デュシャンで、勝負してほしかったですね。

会場入り口には、
「自転車の車輪」(1913/1964)、が置かれています。
 随分、綺麗な、《レディ・メイド》(既製品)車輪ですね。場内、写真撮影は、自由です。どの写真を撮っているかで、その方の〈通〉ぶりが分かります。
 私は、会場に入るに当たって、デュシャンの「作者は、自分の思想や観念を作品化し、鑑賞者は、作品から、作者の意図や思想を自分の頭の中で再現する」と言った美術の〈古典的ルール〉を嫌った作者であることを心に刻んで会場に入りました。

 それにしても、やはり、実際に作品を観てみないと分からないものですね。つくずく感じました。それだけでも、この日、観に行った意義が十分にあります。

 まずは、通称「大ガラス」(1915-23)と言われる、
「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」
は想像していたのと全く違っていました。
 美術書の写真では、どうしても、写真の背景が白色で掲載されてしまいよく分からないし、また、最初、デュシャンに邂逅したての頃など、機械部品で作った作品かな、と思ったくらいの作品ですが、人の背丈ぐらいの、透明なガラス板に描かれた作品です。
 あっ、それで、「大ガラス」なんだ・・・。

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 上部は、花嫁、下部は、9人の独身者。照明用ガラス、水の落下、チョコレートの3つの独立した系があります。10年近くかけた作品です。

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山本芳明『漱石の家計簿』 ~漱石の《経済人(ホモエコノミクス)》ぶり、没後の家族の《印税成金》ぶりの波瀾万丈。漱石から描く、世の中と出版世界、人の業は、現代に通じるものが、沢山あります。

 夜半起きると、外では、沢山の虫の鳴き声。これを聞いて、明日予定していた、庭の雑草刈りは止めることにしました。

 今年は、夏の3か月ほど、何処にも行かずに書斎で過ごしましたが、秋が来て、10月は外出予定が一杯です。
 国立劇場歌舞伎(『通し狂言 平家女護島』)・・10月1日に、皇太子ご夫妻が観劇されたようですが・・、
オペラ(『アイーダ』)、ゴッホの映画(東劇の「アート・オン・スクリーン」)、
マルセル・デュシャンの美術展、ムンクの美術展、ピエール・ボナールの美術展、ジョルジュ・ルオーの美術展・・・
 それに、孫二人が通う、学習院初等科の運動会もあります。
・・ということで、多少、このブログの記事もバライテイーが出ると思います。

 今日は、まだ、読書のお話しです。
読んだのは、

 山本芳明『漱石の家計簿 お金で読み解く生活と作品』(教育評論社)

です。
 著者は、1955年生まれ、東大大学院卒の学習院大学文学部教授です。
 脚注の多いのが、大学の先生っぽい書物ですが、内容は、平易で、面白い。

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 ところで、巷では、某作曲家の親族間の遺産相続争いがマスコミを賑わしていますが、夏目漱石(1867(慶応3)-1916(大正5)・49歳)の親族も、漱石没後〈印税成金〉になって豪遊したり、株資産が暴落して苦境になったり、「全集」出版権を二重売買したり、挙げ句には、漱石作品の著作権保護期間(昭和21年12月まで)終了後、作品名を「商標登録」しようとして社会の顰蹙(ひんしゅく)をかったりと・・なかなかのお騒がせぶりです。
 このような話は、当時、岩波と朝日新聞愛読者以外は、結構、周知の事実だったのかも知れませんが、今では、新鮮な話題で、後半はこれらの話題で、印象に残ります。

 本書前半は、夏目漱石の《金持ち》ぶり。しかし、漱石は、権門富貴に近づくことを嫌い、また、金持ちを軽蔑していました。
 例えば、明治40年6月、西園寺公望首相から私邸に食事に招待された時に、葉書で、
「杜鵑(ほととぎす)厠(かわや)なかばに出かねたり」、
と言う句を添えて断っています。
 《金持ち》を嫌っていたとは言え、漱石自身の収入は、相当なもので、また、妻・鏡子も、手堅く株などに投資していました。

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宮部みゆき『三鬼 三島屋変調百物語・四之続』 ~おちかの想い人が去る哀愁と、変わらず陽気な〈三島屋〉ファミリー。細かい江戸の市井描写と豊かなストーリで、560頁を一気に読んでしまいます。

 「秋は、食べ物の新年」、また、「陽が暮れれば、健気(けなげ)に、小さな鈴を転がしたように聞こえる虫」とか、いつもながら、宮部みゆきさんの素敵な表現が満載の好著です。
 それに、やはり、作者は、稀代のストーリーテラーです。
 既に、5冊出版されているこのシリーズも、4冊目に追いつきました。

宮部みゆき 『三鬼 三島屋変調百物語・四之続』(日本経済新聞出版社)

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 《三鬼》(さんき)は、本書第三話の物語の表題です。
 当初は、どういう意味か、分かりませんでした。
 でも、《三鬼》とは、物語の、栗山藩、伊吹山山中に、約30年前からある、洞ヶ森(ほらがもり)村の東西にある二つの村、上村(村人24人)と下村(同21人)の他にある、もう一つの「村」、鬼が出て来る3か所目の、あの世の村を指す、と、

宮部みゆき 『宮部みゆきの江戸怪談散歩』(角川文庫)

に書かれていました(P.38)。
 最初、著者は、「山鬼」にするか、と迷われていたそうです。因みに、新聞連載時のタイトルは、第一話表題の「迷いの旅籠」です。

 さて、行きがかり上、この第三話から書くことになります。
 まず、本シリーズは、主人公・おちかが、辛い経験を癒やすため、引き取られている、江戸・神田の袋物屋・三島屋の叔父・伊兵衛の勧めで、三島屋の「黒白(こくびゃく)の間」で、一度に一人の客を招いて、その人の経験した不思議な話や恐ろしい話を聞き出す物語です。言ってみれば、カウンセリングのようなものなのでしょう。
 第四巻の、本書では、おちかも、三島屋に来て、3年目、19歳になっています。

 第三話の《三鬼》の物語は、招かれた「百物語」の語り手、村井清左衛門が、少し耳の不自由な妹・志津を拐かした侍を切り捨てた咎で、3年間、洞ヶ村の山奉行に命じられたことから始まります。

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帇木蓮生『襲来 (上)(下)』  〜~熱い師弟愛、詳細な道行き、歴史記述満載の大河小説。《元寇》を歴史的視点と、定点描写で、詳細に描いています。クライマックスでは、思わず涙が出ました。

 昔、高校の歴史の教師が、「元寇の戦の時、元は、捕らえた日本人の手に穴をあけ、縄を通して連行した」と話していましたが、この書物にも出て来ました。はて、本当だったのでしょうか・・。
 今回の本は、

帇木蓬生『襲来 (上)(下)』(講談社)

です。「ははきぎ ほうせい」さん、と読みます。

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 《元寇》の話です。
 本書を読むと、鎌倉や北九州散策が、より楽しくなります。
また、仏教宗派の対立や、鎌倉時代の〈道行き(旅行)〉の苦労が良く理解できます。

 私は、本書を読む前に、〈予習〉のつもりで、元寇に関する歴史書、それも、読んでから気づいたのですが、学会の通説に対抗している雰囲気の歴史書を平行して読んだのが、すこぶる有益でした。その本は、

服部英雄 『蒙古襲来』(山川出版社)

です。
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 また、〈復習〉で読んでいるのは、

田中英雄 『鎌倉文化の思想と芸術 (武士・宗教・文学・美術)』(勉誠出版)

です。

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 小説では、蒙古軍の侵攻通過点の対馬や壱岐での細かい戦闘(むしろ、一方的な虐殺)の様子や、北九州の地理や海域の細かい部分、さらには、当時の鎌倉幕府の北条氏の専横仏教事情(法華経と念仏宗の争い)が分かります。

 一方の歴史書では、そもそも、なぜ、蒙古が侵攻したのか、などの根本部分や、学会で争いのある部分、例えば、蒙古軍の船数、台風の様子と被害の実際などが良くわかりました。
 また、歴史書から、本音と建前的な、両国が、争いながらも、なぜか、貿易が、結構、続いていた、と言うのを知りました。
 何れにしても、両者あわせて、当時の雰囲気にじっくりと浸ることができました。

 因みに、《元寇》という言い方は、比較的新しくて、江戸時代に徳川光圀が「大日本史」で、最初に、使いました。〈〉とは、外敵を意味します。ですから、日本から朝鮮半島を荒らした者は〈倭寇〉と言われました。
 また、〈蒙古〉は、モンゴル帝国の漢字表記です。蒙古は、1271年に、大元(大元大モンゴル国・大元ウルス)に改称しました。皇帝は、クビライです。

 ところで、幸いなことに、9月19日(水)22時25分から、NHK-TV『歴史秘話ヒストリア』で、「鎌倉武士最強の秘密」というテーマで、〈元寇〉のことが、前記の服部英雄さんも出演して放送されました。
 しかし、内容は、船団の数も正確では無く、大ざっぱに武士の活躍のみに焦点を当てた内容でした。
 いつも、このような企画・編集だとすれば、今後は、この番組は、“心して観なければならない”と思いました。

 閑話休題。はじめに、まずは、《元寇》について・・。

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「世界を変えた書物展」に行き、アインシュタインの研究ノートなどに驚愕しました。

 9月19日(水)は、秋晴れで、それでいて日陰は涼しいほどで、かつ、ゲリラ雷雨の予報も無かったので、
〈上野の森美術館〉の、

『世界を変えた書物展』

を妻と見に行きました。

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 あとわずか、24日までです。それでも、老若男女、結構な混みようでした。
 金沢工業大学所蔵の稀覯本ばかり、大半が初版ばかりの展示です。

 展示は、会場に入ってすぐに、両側に、天上まで届く書架に、ぎっしり並べられた皮装丁の書物に圧倒される、「知の壁」から始まります。

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 そこでは、主に建築関係の書物が展示されて、あまり一般には馴染みのない、ウィトルウィウス(25BC)の書物が数点続きます。入り口すぐなので、どうしても数珠つなぎの、混雑の体になります。
 しかも、私もそうですが、圧倒する書架を写真に収めたくなってしまいます。因みに、館内撮影自由(ストロボは禁止)なのは、素晴らしい配慮です。

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難波祐子『現代美術キュレーターという仕事』 ~細かいことが気になって読みました。キュレーターの理解から、現代美術へ接近する道も見えました。

 私事ですが・・、朝、風呂に入って聞こえる、庭の虫の鳴き声が好きです。

 特別養護老人ホームの施設長でいた頃、毎年、暑い夏を乗り越えた途端に亡くなる入所者の方が多かったのを思い出します。夏を乗り越えるのは、高齢者にとって大変なことなのでしょう。
 私は、今年、億劫になって、例年の、北海道への避暑はやめました。家のクーラーの効いた書斎での読書も格別で、この分では、来年も、こうなりそうです。
 寝室も、輻射熱がたまって、夜もクーラーが効きづらい南側2階寝室から夫婦で移動して、1階北側和室を使っています。
洋室と違って、洒落た小窓などが無いので、雨戸を閉めると、日が高くなっても真っ暗で、いつも8時位まで熟睡してしまいます。
 と、言うことで、今年の夏は、かえって楽でした。

 さて、原田マハさんの小説に頻出する、《キュレーター》を、私は、《キュレーター(学芸員)》と記述しています。
 しかし、この際、きちんと知っておこうとこの書籍を読みました。

難波祐子『現代美術キュレーターという仕事』(青弓社)

です。

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 まず、《学芸員》です。
 博物館法第4条に、「博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」とあります。

 資格を得るには、大学・短大での所定の単位履修か、文部科学省の資格認定試験が必要です。
 《博物館》の定義は、動物園、水族館、植物園なども含んでいて、幅広いのですが、今回、始めて知ったのですが、国立や独立行政法人は除かれていて(「博物館相当施設」と言われます。)、これらの施設では、一般に、「研究員」「研究者」と呼ばれます。当然に、就職には学芸員資格の有無は問われていません。
 例が適切かどうか別として、理論上は、福祉事務所のケースワーカーにやや似ています。福祉職・大学での単位取得者等などではなくても、異動でどんどん配置され、簡単な事後研修で済んでしまいます。
 ま、学芸員は、ポストが少ないこともあって、そんなことはありえませんが。
 つまり、美術館の学芸員は、地方自治体、財団法人、私設館に適用されているのです。

 では、《キュレーター(Curator)》。
 学芸員の英訳には、これを使いますが、内容は違います。
 本書の定義は、欧米の例から、「展覧会企画を行う人、そして展覧会を通して何らかの新しい提案、ものの見方、価値観を創り出していく人」(p14)とされます。
 実際は、相当な学識が必要ですが、極端な話、資格は必要ありませんので、名乗ろうと思えば自由です。

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永井路子『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』 ~《独考(ひとりかんがえ)》の〈天地の拍子〉論など、忖度ない主張に共感してしまいます。江戸の女流文学者の生涯を丁寧に描き、その思想が出てくる道筋を辿ることができました。

 始めに余談になりますが、最近、富田林警察から逃亡した未決囚の話が新聞紙上を賑わせています。
 その「富田林(とんだばやし)」は、素敵な寺内町がありますが、もう一つ思い出したのは、新詩社の社友・明星派の歌人、石上露子(いそのかみ つゆこ・1882-1959)です。

 初恋の人への絶唱である《小板橋》や、与謝野晶子以前に反戦歌を詠んだりしています。
 私の書棚に、
大谷渡編『石上露子全集』(前一巻・東方出版)があります。数年前、神田の古書店で、¥8,000を、¥2,799で買い求めたものです。

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 忘れていた同書を、再読、精読しようと、机上に備え置きました。
 と、言うのも、この石上露子も社会制度の矛盾に苦しめられ、また、歌に詠んでいますが、今日、取り上げる主人公もやや似た境遇だからです。
 読んだのは、

永井路子『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』(文春文庫)

です。

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 この本は、昨年、小室千鶴子「真葛と馬琴」(郁朋社)を読んだときに、買ったものです。(2017年10月21ブログをご参照ください。)

 買ったときは、345-353頁の、工藤あや子(真葛(まくず)・1763-1825)と、滝沢馬琴との、真葛からの「独考(ひとりかんがえ)」の原稿添削、出版依頼、喧嘩別れをめぐるやり取りが、どのように書かれているかを読んだのですが、今回、全部精読したわけです。
 永井路子(1925-)がペンを置かれる前の最後の作品とも言われます。

 真葛は、江戸時代の女流文学者、国文学者です。
 書物の〈帯〉には、〈江戸時代の清少納言〉と書かれていますが、私は、むしろ、文学素養の上に、約10年間の奥女中奉公、名家との付き合い、2度の結婚、実家没落などの実体験から導かれた主張、それも、まるで、碌々首(ろくろくくび)を突き出して周囲を見回すように、しかも、何の忖度もなく、四角四面を笑い飛ばすように書いた、いわば、〈在野評論家〉の著作のようだと思います。

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朝井まかて『悪玉伝』 ~実話の《悪玉》である吉兵衛は、本当に、《悪玉》か ? 筋の面白さ、人物描写、会話の巧さは、随一です。法廷サスペンス、ミステリー要素も入った大仕掛けエンタメ時代小説の傑作です。

 夜、洗面所に行くと、小窓から、秋の虫の鳴き声が沢山聞こえます。

 朝井まかて(1959-)が、「朝日新聞」夕刊(金曜日)に連載中の「グッドバイ」は、長崎の菜種油を商う主人公・お希以と手代の会話のやり取りが本当に面白いですが、その流れで、この7月新刊の本書も、実に、人物描写が巧い。
 このところファンになっている朝井まかてさんの7月新刊、

 朝井まかて『悪玉伝』(角川書店)

を読みました。
 表紙は、初冬と春の二季咲きの「寒牡丹」。物語に何度も出てきます。

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 面白かった、ホントに面白かった。最後など、読み終えたくて深夜になってしまいました。

 《悪玉伝》とありますが、単純に《悪玉》とは言い切れません、というメッセージを含んだ題名でしょう。
 物語は、大坂の事件、しかも、通常ならば当事者同士の話し合いで解決すべき問題でありながら、大坂のみならず、江戸の大岡越前守忠相(ただすけ)までが裁く騒動にまでなった実際の「辰巳屋一件」(舞台化は、「女舞剣紅楓」〈おんなまいつるぎのもみじ〉。辰巳屋を守った唐金屋の忠義の物語)を元にして、大きなスケールで書かれています。

 辰巳屋の相続騒動は、江戸の役人側から見ると、《悪玉》とされる吉兵衛(きちべえ)ですが、時代の様相、江戸と上方の違い、役人の人脈と忖度(そんたく)を要素にして捕らえ直すと本書の結論になるのは、合理的でしょう。

 本書の筋は後述しますが、凝った筋と構成で、しかも、会話が巧く、小気味よい。
 例えば、大岡越前守忠相の53年間連れ添った妻・松江は・・、
「若い頃は笑窪(えくぼ)が可愛らしく、瞳が大きかったが、笑窪は消え、目は小さくなって、皺(しわ)と小言が大きくなった」、
 吉兵衛の若い妻・瑠璃(16歳)も個性満点で、その掛け合いも面白い、

 また、随所に出てくる小文・・、
「人間、齢を重ねたら、じいさんもばあさんも、区別がつかなくなる」、
「頭も心も雑な奴や」、「眉を額の真ん中までつり上げる」仕草、「古漬けのナスのような顔色」、さらには、
大岡越前守忠相が、唐金屋与兵衛の泉州訛り「かだら」が、妻の前で、つい出てしまったり、
 忠相の〈痔〉の描写、
・・と、もう、ニヤリ、とする会話の妙や、ブラック・ユーモアに満ちています。
 まさに、朝井まかて、油の乗りきった傑作作品と言えるでしょう。

 さて、大まかな「筋」は・・、

 1739(元文4)年1月・・、

 大坂堀江町で、薪(まき)問屋を営む、豪商・辰巳屋の主人である久佐衛門(くざえもん)が50歳前で急逝しました。店は、番頭5人、手代460人を抱える大店です。

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 芸術団体を「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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