《かたち》そのものに感動する。歌舞伎鑑賞の原点を再認識させられ、木よりも森を見るような、有益な歌舞伎論 ~矢内賢二 『ちゃぶ台返しの歌舞伎入門』

 前回の、「枕草子のたくらみ」と同じく、有益で、面白い本。こちらも、1日半で、一気に読了です。


矢内賢二 『ちゃぶ台返しの歌舞伎入門』(新潮社)


 書物の題名は、いたって重要なもので、「枕草子のたくらみ」だって、「枕草子の執筆意図は何か」・・などなら(ちょっと極端ですが)目に止まらなかったでしょう。
 この本も、「ちゃぶ台返し」、とあれば、つい、一体何が書いてあるのかな、と、読みたくなりますよね。でも、読んで、正解でした。面白い。

 ところで、「ちゃぶ台返し」という言葉自体は、文中では、鶴屋南北の話のところに、2度ほど出ます(109頁)が、それは、あくまで、南北の創作が、それまでと比較してそうであったことを言っているだけです。

 しかし、表題の「ちゃぶ台返し」の言葉は、まさに、ある意味、今までの歌舞伎論と比較すると、この本にすこぶる適切な表題だと言えるでしょう。

 本書の最大の特色は、一言で言えば、我々が、舞台の歌舞伎鑑賞を、どうしてもしてしまいがちな、戯曲という文字言語、合理性、に縛られた見方、近代のリアリズム演劇に影響された見方、すぐに〈かたち〉が何を表しているかを考えようとする思考、を元に戻してくれるところにあります。

 私も、時たま、言ったり、このブログでも(書いたり)しまうんです。曰く、「私は、戯曲を味わうのが好きだから」とか、「役者偏重より、戯曲を味わいたい」とか・・・。

 そのことを、自覚・反省し、《芝居》を観る、《芝居見物》の原点に立ち返らせてくれる良書です。

 しかし、著者が、一方、歌舞伎は「事前知識が無くても楽しめる」、「難しいことを考えずに気楽に観て」、などという、入門書にありがちな安易なことは言わず、きちんと、事前知識を勧めるのは、全く同感です。

 本書は、役者重視の、役者と役との《二重性》(まずは、役者ありき)から始まり、〈隈取り〉、〈見得〉、〈にらみ〉の呪力、〈型〉、〈だんまり〉から説明していますが、スタンスが前述にあるとおりですから、説明方法も類書に無い新鮮さがあり、ありきたりではありません。

 さらに、〈世界〉、〈趣向〉、〈書替〉、〈ないまぜ〉、〈時代と世話〉、と興味深く進み、途中、往時の狂言作者たちの《マニュアル》、《業務用カタログ》とも言える、文政期(1818ー1830)頃に出来た「世界網目」や、狂言作者の心得を書いた享和元年(1801)年の「戯財録」が紹介されます。初めて知りました。

 さらに、〈女方〉・〈加役〉から、最後、〈舞踏〉まで丁寧に記述されています。

 本書は、初心者でも十分楽しめますが、掲載されている出し物が、漠然とでも、頭に浮かぶ程度に歌舞伎を観ている方なら、もっと楽しめると思います。
 逆に、ところどころ引用されている、現代のアニメやバライティーの話題引用は、あまりピンと来ませんでした。
 ともあれ、お勧めの好著です。★

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その《たくらみ》とは、永遠に、こうあり続けてほしいという〈一つの時代の青春〉を伝えることでした ~山本淳子 『枕草子のたくらみ』

 すこぶる有益で、面白い本で、2日間で、一気に読了しました。
 こういうことを理解しているのが、《知性》というものなんでしょうね。素晴らしい書物です。


山本淳子 『枕草子のたくらみ』(朝日新聞出版)


 「枕草子」が書かれた頃の、一条天皇の中宮、のち皇后の定子(ていし)の悲劇と、定子に〈寄り添った〉清少納言については、知識としては、知っていました。

 定子。入内(じゅだい)したのが14歳、清少納言に出会ったのが17歳(993【正歴4】年)で、リーダーシップ豊か、マニッシュなところもあり、漢詩の素養もあって、後宮文化に、機知、自己主張、積極性の新風を吹き込みました。漢文の素養豊かな、名門、中関白家の長女です。

 定子にすっかり影響された清少納言。28歳の出会い。その美意識、独創的表現力、当意即妙さが一層磨かれます。なにせ、父は、村上朝の大歌人・清原元輔、曾祖父も、百人一首に載っている名歌人、清原深養父です。

 一条天皇14歳。その後宮サロンが、花開きました。
 
 しかし、父・道隆の早世(43歳。995年)、兄・伊周(これちか)の犯罪(996年。前帝・花山院が横恋慕したと思って矢を射る事件。)によって、定子は、20歳で出家します。

 翌年(997年)、天皇が《皇后》として呼び戻しますが、999年には、藤原道長と、天皇に《中宮》として着裳(ちゃくも)した彰子(しょうし。12歳)の時代となります。
 定子は、男子(敦康親王)を生みますが、24歳で亡くなります(1000【長保2】)年。

 ほんの、わずかな期間でしたが、異色の、新風が吹いた後宮サロンでした。
 その永遠に、こうあり続けてほしい(「げに、千歳も」)という〈一つの時代の青春〉を伝えようとしたのが、まさに、この「枕草子」でした。

 それは、994年伊周が、草紙、紙の束を定子に賜った時に、何を書くべきか、と清少納言に下げ渡したときから執筆が始まり、定子苦難の時も、さらには、その死後も9年あまりにわたって書き続けられました。

 ほとんどが、苦難の中であっても、明るい文章。あの橋本治が、「桃尻語訳 枕草子」で、女子高生の言葉のように言っているように明るい。

 清少納言は、定子を励まそうとし、繰り返しますが、永遠に、こうあり続けてほしいという、自由闊達な、〈一つの時代の青春〉を伝えたものだからです。(69頁など)

 この書物は、それをしっかり解釈しています。
 
「枕草子」は、闇に苦闘する定子を励ます、清少納言の知略を尽くした書であることを、感動的に、丁寧に述べて行きます。
 
 1004年から彰子に仕えた紫式部の、清少納言への、いわゆる《同時代評》も随所に引用、検証されます。
ちなみに、紫式部も、曾祖父は、和歌の大パトロンである中納言・藤原兼輔です。

 素晴らしい本でした。これは図書館で借りるべきでなく買うべきでした。
 なお、「枕草子」を読むにあたって、同時進行で読んでいた、
京樂真帆子 『牛車で行こう 平安貴族と乗り物文化』(吉川弘文館)、
の牛車の知識もすこぶる役立ちました。★

北海道から帰って、夕方、図書館に向かう、仕事帰りの若い人々に感動しました。この日、私が、リクエストして、受け取った本は7冊でした。



 北海道から帰って数日。庭で、ミンミンゼミが鳴いています。
 ミンミンゼミは、散歩した和琴半島では、そこが北限で、天然記念物でしたっけ。

 今度の〈避暑〉は、ちょっと〈血糖値〉上昇が心配だったので、珍しく、本を持って行かず、連日、外出を心がけて、〈動き回って〉(遊び回って !?)いました。

 そのかわり、旅行の出発前に、急いで読まなくても気にならない新刊ばかりを、近くの中央図書館に、〈リクエスト〉してから旅に出ました。

 ところが、「帰ってしばらくたって、落ち着いたころに連絡があるだろう。」と、想定していた「申し込み順位」が、どんどん進んで、あげく、受け取り期限が、帰宅日にリミットの本まで出てしまう始末です。

 夕方、羽田について、急いで、本の受け取りに図書館に向かいました。

 と、ここで、感動したことが一つあります。

 図書館は、ビルの8階にあります。
 そこに向かう、エレベータは、仕事帰りに、続々と図書館に向かう若い人々で一杯なのです。
 昼間、高齢者や学生で混雑するフロアばかり見ていましたので、若い、仕事帰りの人々が、たくさん図書館に向かうのに、感慨深く、かつ、《感動》してしまいました。

 と、そういうことの後で、受け取った本は、以下の7冊でした。

 その前に・・、この翌日から、旅行でたまった、朝日新聞の新聞小説、吉田修一国宝』の、200回前後を、まとめ読みしつつ、7冊を平行して、読み始めました。どれも、すこぶる面白い。数打っても、外れ無し、です。
 ちなみに、『国宝』の中の逸話で、主人公が、貶(けな)されてくさっているのを、自分は、まだだからくさるんだ、だったら一本くらい貶されたってくさらない、という文章が、印象に残りました。

 さて、まず、夢中になったのが、

京樂真帆子 『牛車で行こう 平安貴族と乗り物文化』(吉川弘文館)

 § 松平定信が、牛車(ぎっしゃ)を研究していたとは、初めて知りました。
 唐車(からくるま)、毛車(けのくるま)、糸毛車(いとけのくるま)、網代車(あじろぐるま)といった牛車の種類や、天皇の乗る輿(こし)、人の引く手車から、女車の簾、出衣の説明から、乗り方まで、古典文学を読むのに必須の知識でしょう。
 なお、上記の名詞には、もっと難漢字で紹介されています。

朝井まかて 『福袋』(集英社)

 § まずは、「晴れ湯」の一家、「千両役者」に、さわやかな感動。「福袋」の大食い競争も今風。装丁、挿絵が良いですね。こういう本は、買うべきでした。朝井まかては、本当に巧い。
 なお、〈福袋〉とは、大食いで、大食い競争で賞金をたくさん得る、出戻りの姉のことを弟・佐平がこう呼ぶ。

次の3冊。

矢内賢二 『ちゃぶ台返しの歌舞伎入門』(新潮社)

 § 題名から受ける印象よりも、まじめな正統的な記述です。中級者以上向けか。

山本淳子 『枕草子のたくらみ』(朝日新聞出版)

 § これを読むために、旅行前に、「枕草子」を再読していました。

・ミヒャエル・ハンペ 『オペラの未来』(水曜社)

 § ドイツオペラ界から普遍的な問題に切り込んでいます。

そして、

澤田瞳子 『腐れ梅』(集英社)

 この長編は、後半に、これだけ、一気に読むつもりです。長編は、物語の世界に浸りたいですから。

さらに、久しぶりのビジネスもの、

江上剛 『病巣 巨大電気産業が消滅する日』(朝日新聞出版)

・・です。

ちなみに、旅先のお土産屋さんで、

更科源蔵 『アイヌの伝説』(風光社)
同    『アイヌの民話』(風光社)

を買って帰りました。写真の左に写っている小冊子です。
 常に、本が近くにあるのは、幸せです。★ 

2週間の北海道での〈避暑〉を終えました。

 2週間の北海道での〈避暑〉を終えます。幸い、ずっと涼しい (寒い ! ) 日々でした。
 
 今回は、ほとんど読書をせず、摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖などに何度も出掛けていました。
 一段目左の写真の後ろ姿は、私です ! 宿近くの〈硫黄山〉に登ろうとしています。
 その右は、記事に書いた、レストラン《オーチャードグラス》のある川湯温泉駅です。建物左側にあります。
【写真は、ワンクリックで、拡大できます。】

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 下は、宿近くの、散歩道となったところです。奥に見えるのは、エコミュージアム。

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 下の写真は、見事なエメラルドグリーンの摩周湖です。
 この素敵な色彩は、3回目(全部で4度の内の)に訪れた時に見られました。

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 余談ですが、滞在中に、半年前まで民生委員だった時の知り合いの高齢の方から、「退任されたのは知っているが、」、ぜひ、相談にのってほしい、との電話があったり、温泉地の高齢の方と30分近く雑談して、近隣の《人間関係》を知ったりしました。★

摩周の大草原で深呼吸。川湯温泉駅で、絶品のビーフシチューと桃のケーキを味わいました。


 散歩を兼ねた(といっても、勿論、バスを利用していますが。)、3度目の摩周湖は、見事なエメラルドグリーンで、しばし、見とれてしまいました。

 この日は、弟子屈(てしかが)町を見下ろす、小高い丘にある〈900牧場〉に行ってみました。
 バスが無いのですが、バスのフリーパスを使うと、日に一度の、〈パノラマタクシー〉が使えるのです。乗客は、他に誰もいません。

 1440haの、見渡す限り緑の絨毯の町営牧場です【写真】。
 北海道ならではの壮大な景色の中で、深呼吸。

 昼御飯は、先日、気に入って、今度は、食事時間を、たっぷり2時間取ったレストランです。
 無人駅になったJR「川湯温泉駅」の建物を利用した、往事のクラシックな味わいの内装がうかがえるレストラン、〈ORCHARD GLASS (オーチャード グラス)〉。
 オーチャードグラスとは、多分、酪農用語で、牧草のこと。

 ここのビーフシチューは、すこぶる美味しい。 
 また、すぐ近隣の、同じオーナーの、ケーキ店〈森のホール〉の、季節のケーキも絶品で、この日は、まるごと一個の桃を使った桃のケーキを、デザートに届けていただきました。★

阿寒湖のアイヌコタンで、民族舞踊を鑑賞しました。



 今回の旅も折り返しの日が来ました。後、一週間です。
 2日(水)は、摩周駅からバスで1時間の、阿寒湖で過ごしました。夏場だけ出ている、日に2往復のバスですが、乗客は、私たち夫婦だけ。
 
 阿寒湖畔の、アイヌコタンにある、「アイヌシアター イコロ」で、ユネスコ無形世界文化遺産(2009年)にもなっている、『アイヌ民族舞踊(古式舞踊)』を鑑賞しました。

 劇場は、客席が半円形の、約300名ほどの定員の立派な建物です。(写真は正面)

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寒っ。北海道、川湯温泉5日目です。摩周湖、屈斜路湖を散策してきました。



 新聞などで、「今年は、北海道も猛暑」などと報道されていましたが、当地は、朝、16度、昼、22度。持って来た長袖は、薄いジャンパーだけ。
 挙げ句、薄着で散歩していて、見事に鼻風邪をひいてしまいました。

 写真は、昨日、バスで行った屈斜路湖の美幌峠です。
 一昨日は、摩周湖にも行きました。ゆっくりホテルを出て、2時頃には、戻って温泉でゆっくりできます。
 ちなみに、フリーパスのバスチケットは、2日で、1,500円と、すこぶるお手頃です。
 次は、阿寒湖まで足をのばしたいと思っています。

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北海道で、避暑を楽しんでいます。


 昨夜は、9時に寝たので、今朝は、4時に風呂に行きました。
 露天風呂は、肌寒い。
 ここは、北海道、東にある弟子屈町の川湯温泉です。写真の中央辺り。隣に、硫黄山が噴煙を出しています。
 ちょうど、屈斜路湖と阿寒湖の中間辺り。
 ここで、2週間滞在します。今回は、パソコンを持参しなかったのでススマホ入力となります。
 やや読みにくいとは思いますが、ご了承ください。★

圧巻の三重唱、心地よい余韻。リチャード・ジョーンズ演出の細部まで計算しつくされた、軽快で、現代的センスの素晴らしい舞台 ~オペラ『ばらの騎士』

 驚くほど、涼しい。
 7月26日(水)18時から、東京文化会館で、グラインド・ボーン音楽祭と二期会の提携公演、

オペラ『ばらの騎士』(作曲 R・シュトラウス)

を鑑賞しました。席は、中央、S席最前列です。

 これだけ、《役者》が揃うと、つまり、演出、声楽陣、オーケストラ、合唱だけでなく、舞台装置、衣装も含めてですが、さすがに、素晴らしい舞台です。
 おまけに、3幕の舞台装置など、美しいだけでなく、三角形の天井部分によって、音響の反射に工夫がこらされていて、声楽、オーケストラとも、見事な音響です。

 《ばらの騎士》とは、婚約の証の〈銀のばら〉を届ける者です。
 その役をオックス男爵から仰せつかったオクタビアンが、届ける先の娘ゾフィーに恋をしてしまいます。

 オクタビアンの愛人である元帥夫人は、自分の老いを悟って、オクタビアンをあきらめ、身を引きます。
 しかし、32際の夫人は、多分、この後、別の愛人を持つのではないか。それは、舞台に、6,7回登場する黒人少年・モハメッドでは・・・、とほのめかしています。

 開幕、冒頭は、よくあるベッドでの語らいでは無くて、元帥夫人が、シャワーを浴びています。そのシャワーの、光の工夫は、見事です。余談ながら、そこを、先ほど触れたモハメッド少年が覗いています。

 この演出が初演された、グラインド・ボーン音楽祭は、ロンドン近郊ルイスの、広大な敷地の、貴族の館にあるオペラハウスで開催される音楽祭です。幕間には、ピクニックも楽しめ広大な敷地です。
 今回の、日本プレミアでは、工夫の跡が見受けられます。

 オペラ『ばらの騎士』の、この日の、
指揮者は、セバティアン・ヴァイグレ(独。1961ー)
同じ演目の、MET(メトロポリタン歌劇場)の5月17日公演を、ライブ・ビューイングで観たばかりです。

 演出は、リチャード・ジョーンズ(英国。1953ー)
その演出も含めて、先日、このブログで詳説したばかりです。
 この日の舞台を、《事前勉強》にそって、ゆっくり楽しみました。

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漆黒の会場に浮かぶ舞踏の熱演。小尻健太、ヒューストンバレエ団ダンサーのコンテンポラリーダンスを楽しみました。



 7月22日(土)19時から、
千葉市美浜文化ホール(千葉市、JR京葉線「新検見川浜駅」)で、

千葉市・ヒューストン市姉妹都市提携45周年記念バレエ公演

を、妻と鑑賞しました。息子の推薦です。
 暑いので、昼過ぎに、ホテル・ニーオータニ幕張にチェック・インし、終演後も宿泊して、ゆっくり、楽しみました。


 照明が全て消えた、漆黒に包まれた会場に、幕が上がります。
 
 チェロの独奏。バッハ入魂の〈舞曲〉、シャコンヌ(仏語)。それは、冒頭8小節のテーマ旋律・和音提示から、30回の繰り返し構造のある至難曲です。ちなみに、この曲が好きな、私は、「シャコンヌ」をメールアドレスに入れています。
 ここからプログラムが始まって、古典バレエを間にはさんで、最後は、9・11アメリカ同時多発テロに係る作品をアレンジした、意欲的なプログラムです。
 鍛えられた肉体での、繊細な舞踏に引き込まれます。
 
 

総監督、小尻健太
(尻の字体は、本来は、九では無く丸。)
監督、楠崎なお
舞台監督、尾崎聡
照明、伊藤雅一 

 この劇場は、ダンサーとの距離感近い、約350席で、勾配も急で見やすい構造です。この日の観客は、バレエ好きが多いようで、拍手も要所をつかんでいました。ピアノ、チェロは、生演奏。席は、実質2列目。

 ところで、コンテンポラリーダンスとは・・、
仏語で、ダンス・コンテポランヌとも言い、非古典的、前衛的で、時代の先端を体現している舞踏を言います。

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元帥夫人の次の恋人は、黒人少年モハーメードか !? リチャード・ジョーンズ演出の奥義を知りました。 ~今月末に観る、オペラ『ばらの騎士』の《勉強会》です。



 暑~い。
 今年も、北海道に行く予定ですが、果たして〈避暑〉になるのでしょうか。

 このところ、民生委員だった関係から、寄せられた相談にのって動いたり、あれや、これやで、ブログアップが滞ってしまいました。

 で、やっと、7月16日(日)に、東京文化会館4階大会議室で、
日本リヒャルト・シュトラウス協会(1984設立)の例会での講演会、

近年の『ばらの騎士』演出ーリチャード・ジョーンズの演出を中心に

を聞きに行きました。
 26日からの二期会公演を前にした〈勉強会〉です。

 英国の演出家、リチャード・ジョーンズ(1953ー ロンドン生。写真)。
 ややクセのある演出家です。ヴァグナーの「ローエングリン」演出(2009年)では、主役が大工で、最後は、マイホームを燃やしてしまいました。

  講師は、チャーミングな、演劇学の、
北川千香子慶應義塾大学准教授です。
 
 この《勉強会》は、参加者のレベルもすごく高く、皆さん、海外の事情にも精通され、質疑での発言、質問などからも知識をたっぷり得られました。

 さて、リチャード・ジョーンズの演出した、2014年の「ばらの騎士」は、
グラインドボーン音楽祭のもので(指揮は、ロビン・ティチアーティ=ロンドンフィル)、来年も同音楽祭で再演が予定されています。
 余談ながら、このときは、ズボン役のオクタビアン役タラ・エロートの容姿などを男性批評家が批判し、女性批評家がセクハラだと反論し、謝罪した、などの〈事件〉がありました。

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渡辺保『戦後歌舞伎の精神史』 ~刺激的で、有益で、すこぶる面白い演劇論

 余談ですが、この書を読みつつ、書棚に置いてあった、
「舞台桧板」、歌舞伎座建て替えに伴って実際に使用されていた舞台板を裁断して記念に配付されたもの(20×9cm)を出してきて、懐かしくさわっていました。

 歌舞伎役者の藝の流れは、例えば、
中川右介 『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)

大西匡輔 『歌舞伎のいま どの芝居をどの役者で見るか』(真珠書院)
などがありますが、今回読んだ、

渡辺保『戦後歌舞伎の精神史』

は、さすがの名著です。

 歌舞伎上演の裏にある、思想、精神を、様々な舞台をひいて、祖父の時代から、父、叔父の時代、
間に、鈴木忠志、を挟んで、
子(現代)、孫、曾孫の時代、6代70年に分けて分析していきます。

 特に、歌舞伎が、個人の趣味として止まっていた時代から、文化として、「現代演劇の古典劇」として成立した、子の時代の記述が、現在進行の時代で白眉です。
 
 歌舞伎の型と伝承された造形、
役柄(「本役」、「加役」の当たりは「下手」)と身体造形(「ニン」)、
言葉で表現できないものを表す芸、せりふ廻し、
動線、見えない糸(居どころ」「行儀」)
などについて詳細に述べられます。

 《性根》とは、その人間が戯曲の中に存在する意味、いわばレゾン・デトールの根本です。
 
 文中、あふれる、
 十代目板東三津五郎 (1956ー2015。大和屋)
への哀惜の気持ちが繰り返し語られます。

 それは、幻想の中の身体感、モノとしての身体から発する動きが空間に描くイメージで演ずる三津五郎。
 弁慶でいえば、安宅の関での骨格鮮明さ、ドラマの展開に瞬時に変化する《》の弁慶。

 そして、
 吉右衛門の《》の精神性。
弁慶でいえば、安宅の関で義経を助けるために渾身の勇気を示す。

 仁左衛門の《》の人間性。
弁慶でいえば、安宅の関で人情スミズミにあふれ知略を尽くす男の人間性を示す。

 玉三郎の神話性。

 曾孫の時代では、
目に見えるものしか認めない勘三郎の藝、
そして、
「何でもありの時代」における歌舞伎の造形システム崩壊への強い警鐘が述べられますが、かろうじて、
四代目尾上松緑(1975ー。音羽屋)、
市川海老藏((1977ー。成田屋)
への期待があります。

 集中して、一気に読んだ、近時、最も面白い一冊でした。★

夏の、北海道滞在に備えて、特大スーツケースに買い換えました。7月のオペラ『ばらの騎士』、リチャード・ジョーンズ演出は、《刺激的》なんでしょうか。あれこれ、雑談を、5、6題ほど読んでください。

 きょうは、雑談、いろいろなお話です・・。

 毎朝起きると、スマートフォンで、自分のブログの《アクセス数》をチェックして、カレンダーに書き込むのが日課になっています。アクセス数を意識してブログを書いているのでは無いのですが、やはり、書いたからには読んでいただきたいものですから・・。

 2題目
 今夏も、2週間ほど、北海道に、今年は、阿寒国立公園のほうに、滞在するので、宅急便で荷物を送るためだけですが、思い切って、120L以上入る、腰以上ある、特大の、ソフト・スーツケースを買いました。
 数店の店を巡りましたが、秋葉原のヨドバシカメラが一番、似た品物が多くありました。店員さんは、中国系の方で、周囲も中国系の方が多くて、中国で買い物しているようでした。

 3題目
 それは、ともかく、その旅行出発前夜は、オペラ『ばらの騎士』を鑑賞します。ちょっと、うっかり忘れていたのですが、バッティングしなくてよかった。

 指揮は、セバティアン・ヴァイグレ(独。1961ー)で、先月、メトロポリタン歌劇場での、同演目の指揮を、METライブ・ビューイングで観たばかりです。4回前のこのブログにあります。
 それもありますが、むしろ、演出の、リチャード・ジョーンズ(英国。1953ー)です。

 2014年の、グラインド・ボーン音楽祭での演出は、ふつうのロココ風的演出では無く、《グラン・ギニョール風》の、闇に満ちた、刺激的な演出・・だったようです。 はて、今回は、どうか。これは、是非、観なくっちゃなりません。

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映画『ハクソー・リッジ』 ~思ったよりも、〈良心的兵役拒否者〉のことを、生真面目に描いていました。

 久しぶりに、映画です。
 たまったポイントを使って、無料で、

 映画『ハクソー・リッジ』(監督・メル・ギブソン)

を観てきました。
 戦闘場面の凄さばかりが話題にのぼっていますが、けっこう、生真面目に、CO、つまり〈良心的兵役拒否者〉について描いていました。それに、主役のイメージが、適役です。

 原題の〈Hacksaw Ridge〉とは、鋸(のこぎり)の歯ような断崖絶壁。具体的には、沖縄の浦添城跡の南東にある〈前田高地の戦い〉を指しています。

 主人公・デズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールドが演じます。)は、〈良心的兵役拒否者〉で、〈セブンデー・アドベンチスト〉派に属しています。
 〈セブンデー・アドベンチスト〉派、SDAは、キリストの再臨を待ち望む宗派で、安息日再臨派と言われます。

 沖縄戦ですから、当然、相手は日本兵ですが、あまり違和感はありません。ま、対戦側と、一般化して観ていいのでは。
 エンディングは、クリント・イーストウッドの「アメリカン・スナイパー」(2015)の感じで、実写が入ります。

 ところで・・、
 この映画の配給元は、キノフィルムズで、木下工務店の木下ホールディングス傘下の配給会社です。
 来年には、ジャコメッティをモデルにした映画、「Final Portrait(原題)」を配給するとか、なかなか意欲的です。★

青山文平 『春山入り』 ~人が、人の心を推し量るのは、限界があることを悟ります。改題、重複収録あるも、偶然にも、「約定」だけは、まだ、未読でしたが・・。

 著者のファンなので、書店に《新刊》として平積みされていたこの文庫を、中も見ずにサッと買い求めました。

青山文平 『春山入り』(新潮文庫)

 北国では、春になると、順序を踏まずに一斉にいろいろな花が開花します。その季節に、主人公は、山に入ります。これが、《春山入り》です。

 本書に収められた6作の短編は、皆、閉息された時代遅れの武家制度の中で、潔い、清冽な生き方を貫く人物が描かれています。
 ただ、それぞれの人物で分かるのは、人が人の心を理解する、推し量る、ことの難しさです。これがたっぷり描かれています。

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『ジャコメッティ』展 ~「物(オブジェ)では無く、一つの問いかけであり、質問であり、答えである。完成されることもあり得ず、完全でもあり得ない。」



 前回は、「古希」の記事に、たくさんの《拍手》をありがとうございました。心から感謝申し上げます。


 国立新美術館(六本木)の

『ジャコメッティ』展

を、妻と鑑賞してきました。
 我が家の書架には、ジャコメッティの「ヴェネツィアの女Ⅷ」(1956年)の彫刻の写真を額に入れて飾ってあります。
 この作品は、1962年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品された、9作品のうちの1作品で、今回の展覧会にも展示されています。
 この年の10月に、矢内原伊作をモデルに肖像画の製作を始めました。

 彫刻も絵も、人物全身を、自然の丈で測らず、また、写真で写したように周囲の事物をも写し込まず、その人と他人と区別している作品です。

 私は、アルベルト・ジャコメッティ(1901ー1966)の作品が好きで、2006年6月に、神奈川県立近代美術館(葉山)で、約140展の作品にふれることができました。
 今回も、出品された点数は、約130点です。

 今回、展覧会に行くにあたって、その当時の、

芸術新潮』(2006年7月号「特集ジャコメッティ」)、
ファブリ世界彫刻集 ジャコメッティ』(平凡社)、

 ・・などを引っ張り出して来て、〈予習〉に及びました。

 前者は、保坂健二郎氏(東京国立近代美術館研究員。専門は、英画家・フランシス・ベーコン)が主になって、約80頁に及ぶ、諸写真満載の、実に、充実した特集で、周囲の人間関係なども、随分、立ち入って書かれています。
 また、ジャコメッティの生まれ故郷スタンパまで訪れた記事が、カラー10頁あります。

 余談ですが、1966年の仏映画「男と女」(クロード・ルルーシュ監督)に、「ジャコッメティ」の名前と、ジャコメッティの彫刻のようなシルエットが登場しています。これも、私の心にジャコメッティが刻みつけられた一つではあります。

 ジャコメッティは、サルトル「嘔吐」の表紙、61歳には、ベケットの「ゴドーを待ちながら」の舞台美術なども製作していますが、有名なのは、46歳頃からの(発表したのは、48歳頃です。)、細長い人物の彫刻でしょう。

 また、絵画には、大半、「枠」があって、描く空間を規定しています。それは、彫刻では出来ない、別世界、しかも、自らと深く関わる世界を、表現しようとしたのかもしれません。

 目に映るものを「見えるとおりに表す」(見えることはどういうことか、人はいったい何を見ているのか)、ことを、ジャコメッティは、生涯をかけて追求しました。
 また、記憶と想像によって、見えるものが与える内的なビジョン、サンサシオンを象徴的に表現しようともしました。

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古希(古稀)になりました。



 70歳。古希(古稀)になりました。
 
 女の子、8歳5月と男の子、7歳10月の孫から、紫色の、『HAPPY KOKI 70』と名前の入ったTシャツと、丁寧に書いた絵をプレゼントされました。
 (写真は、一部固有名詞を、白で、消しています。)

 還暦(60歳)から古希までの生き方は、結構、難しいと思ったのですが、私は、ボランティア活動や文楽、オペラ、そして、ブログ作りなどに邂逅して楽しい日々でした。
 が、もっとも楽しかったのは、孫たちが出来て、たっぷり遊べたことでしょう。
 その孫の絵には、「ずっと元気でね」、とありました。★

METライブ・ビューイング、オペラ『薔薇の騎士』 ~シーズン〈ラスト〉に、2つの〈ラスト〉もあって、圧倒的な感動の新演出でした。



 MET、ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場でのオペラ、先月、5月17日公演のライブ・ビューイングです。
 今シーズン〈最後〉の演目です。上映時間は、4時間24分。


 リヤルト・シュトラウス『薔薇(ばら)の騎士』


指揮・セバスティアン・ヴァイグレ
演出・ロバート・カーセン

 もう2つ、〈最後〉がありました。
 元帥夫人のルネ・フレミングが、ほぼ70回演じたこの役を、これで最後とするもの。
 まるで、ロッテ・レーマンのように。

 さらに、ズボン役、オクタビアンのエリーナ・ガランチャが、17年間演じて来たこの役を、若い世代に譲りたいと、〈最後〉とするものです。

 で、最後のカーテン・コールは、観客総立ち、割れんばかりの尋常ならざる大拍手でした。

 オペラって、当たり前ですが、演劇などと違って、複数人が、同時に気持ちを吐露できるんですね。このオペラの、最後の、2重唱、3重唱なんて、歌も、内容も、涙が出るほど素晴らしい。

 ところで、余談ですが、このライブビューングで、いつも感じるのは、幕間での舞台裏のインタビューの質の高さです。

 短時間に、的確な質問と答えを、ユーモアを交えての、速射砲のようなやり取りで、いつも、感心してしまいます。
 今回は、第1幕で出番を終えた、マシュー・ポレンザーニ(テノール)がインタビュアーでした。

 さて、このオペラは、「二十世紀オペラの最高傑作」と、後述の書などで、広瀬大介氏が述べているオペラです。

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梶よう子『北斎まんだら』 ~江戸のホームドラマを観ているような感じです。そして、やはり、存在感のあるのは、娘、応為です。

 今朝は、日生劇場、11月・オペラ公演『ルサルカ』の、S席チケットを、会員先行発売で入手しました。
 日生オペラは、本公演前に、2度ほどレクチャー教室があり、さらに、直前に、舞台フォーラムもあります。

 さて、読書のお話です・・・、
 今回は、

 梶よう子『北斎まんだら』(講談社)

 梶よう子作品は、2015年刊行の、『ヨイ豊』(講談社)・・卒中で倒れてヨイヨイの・・以来です。そこでは、、四代豊国でした。

 今回は、北斎(1760ー1849)ですが、まるで〈北斎曼陀羅〉と言える、北斎に惹かれ、慕い、学び、近づきたいと願い、師匠の絵に惚れる、北斎周辺の人間模様が、描かれています。それは、江戸のホームドラマのようです。

 しかし、存在感のあるのは、娘・お栄(号、葛飾応為)です。それに、善次郎(号、渓斎英泉)。
 6拍子揃った小悪党である、北斎の孫、重太郎も登場します。

 と、書くと、朝井まかて『眩(くらら)』(新潮社)、と同じ設定であるのに気づきます。驚くことに、両書、ほぼ同じ頃に執筆されているんですね。
 
 この「北斎まんだら」は、もう一人、信州、北信濃小布施の高井家から絵の修行に出てきた、総領息子、三九郎(号、高井鴻山)が登場します。
 その三九郎は、小布施に北斎を招き、岩松院の天井画、祭り屋台の飾り絵など、絹本に描かれた肉筆の画ではなく、物として北斎を残す行く末をほのめかして物語を終えるのが眼目となっています。

 三九郎の、心の奥底に捕らえられいる、絵への不安、鬱屈といったものが通奏低音となっていますが、同じ悩みは、孫の重太郎にもあって、このあたりが、〈北斎曼陀羅〉と言える本書の特徴でしょう。

 また、枕絵 春画 ワ印などの解説も、露骨で、分かりやすい。

 本書を読んでいるいる間、両国の「北斎館」に飾ってあった、炬燵櫓に潜って作品を描く北斎と、そばにいる娘・お栄(号、葛飾応為)の人形が目に浮かびました。

 ところで、やはり、梶よう子氏も、朝井まかて氏も、応為、「吉原格子先之図」などを描き、〈日本のレンブラント〉などと評価されるこの娘を、もっと、世に出したかったと思っているのは、ありありです。多くの読者も、そうなのでは・・。

 さて、
 この後の読書は、やはり、この世界の、
谷津矢車 『おもちゃ絵芳藤』(文芸春秋)、
を予定しています。また、
渡辺保 『戦後歌舞伎の精神史』(講談社)、
も読みたくて、積んであって、なかなかノルマが大変です。
 それに、とりあえず、まずは、
METライブビューイング『薔薇の騎士』を観に、東劇に行く予定です。★

青山文平『遠縁の女』を味わいました。例によって、様々な知識も得られました。ただ、共感できない結末もありました。

 我が家の紫陽花が咲き乱れるのは、あと一歩です。
 余談ですが、このシーズン、私は、新生姜(しんしょうが)を、我が家で、酢で、しかも、すっぱ~く漬けたのが大好きです。極端な話、これとご飯さえあれば良いくらい。
 
 さて、このところ、歌舞伎の古典の〈研究〉で根を詰めましたので、気分一新、好きな作家の本を読みました。

青山文平 『遠縁の女』(文芸春秋)

 3編からなります。
 この著者の作品で、以前、「養蚕」の話を〈学ぶ〉ことがあったのですが、今回は、織機での織物の話、砂地の植物剣道の話などを〈学び〉ました。

 ところで、最近、「江戸時代は良かった。」などと言われますが、著者の作品を読むと、いつもながら、閉息的な身分制度と下級武士・庶民の貧しさ、などを説得的に描かれていて、必ずしもそうでは無い、否定的な感情になります。

 特に、「武の時代」が終わっているのに、システム・思考が「武の時代」のままであることに、繰り返し気づかされます。
 ですから、例えば、極端なところ、戦争と同じで、上の命に意見が言えません。戦は、そんなことをしていたら負けてしまいますからね。
 「文」、「学問」も、唐や朝鮮の詩文中心の科挙で選ばれた臣のように、「長袖族(ちょうしゅうぞく)」などと軽んじられた時代が大半です

 武の時代と言いながら、それでいて、これを読むと、竹刀の剣道は、実践的ではないのですねえ。いわんや、床で、壁に囲まれてするなんて。

 さて、3編ですが・・・、

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プロフィール

感動人

Author:感動人
 芸術全般を愛する団塊世代です。
 芸術団体を「引退後」、たっぷり時間をかけて、いろいろな芸術を初心にかえって学び、横断的に、楽しんでいきたいと思います。もうひとつ、心身共に健康に「年をとっていく」ための、生活のマネジメントも「同時進行」でお伝えします。
 のんびりと過ごしたいと考えています。お寄せいただくコメントなども、論争などは避けて、ゆったりしたお話をお寄せください。

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